第19話 歩み寄り

文字数 1,239文字

 ブティックで働いていた頃、お客様はひとまわりくらい年上の裕福な奥様たち。高級車を停めて歩いて来る方が更年期だとかで、夏ではなくてもいつも扇子であおいでいた。
 上得意の彼女が来ると冷房の温度を下げる。長居されるので、スタッフはカーディガンを羽織ることになる。

 友人もカァーッと熱くなると言っていた。真っ赤な顔で。ホットフラッシュという。
  
 姉は、それまでは人一倍元気で行動的な人だったが、不安に取りつかれた。
 電車で息苦しくなって降りたりとか。寂しくて旦那に、
「行かないで」(会社に)
とお願いしたらしい。
 婦人科で薬を貰ったが、よくはならなかったようだ。あとは、精神科に行くしかない、と言っていた。
 子どもがいないので、私の娘がよく泊まりに行った。

 やはりブティックの客で夕方来る方がいた。更年期でやる気が起きない、と。夕方までずっとパジャマでゴロゴロしている。
 旦那が帰って来る前に、しかたない、と着替えて夕飯の買い物に行くが、途中座り込み、死にたくなる……と。
 たいした料理もしないのだろう。働いている旦那様に同情した。


 肩こり、腰痛、五十肩、めまい、鬱……
 皆が、苦しんでいるとき、私は元気だった。
 自分には、更年期は来ないのかと思っていた。
 接客業なので、家に帰れば口も利きたくない。ひとりになりたい。ひとりが好き。旦那も帰って来なけりゃいいのに…… 

 しかし、遅れてやってきた。重くはないが。
 少々寂しい。次女は、塾に行かないであげようか? と笑って言ってくれた。

 
 不安症はたいしたことはなかったが……
 暑い。暑い。冬でも暑い。いまだに暑い。
 夏はいいのだ。エアコンと扇風機と覚悟がある。
 ここ何年も冬を寒いと思わない。
 朝、寒いですね、と挨拶されても、実感がない。
 冬、家にひとりだと、暖房をつけない。(テレビもつけない)
 夫が帰る時間になると、暖かくしておかねばならない。
 暑い。私は暑いのに。
 キッチンで動いていれば暑くてたまらない。気が狂いそうになる。
 夫に訴えれば「脱げば?」とひとこと。もう、脱げるものはない。
 心の中で言う。
「あなたが着てよ。私は暑いのよ」
 真冬の夜にベランダに出て座っていた。
 
 おまけに夫はテレビをつけっぱなしで寝る。狭いマンションなので、隣の部屋で寝ていても聞こえる。
 音が気になる。なぜオフタイマーにしない? 頭にきて消しにいけばまたすぐに付ける。
 殺したくなる。フライパンでぶん殴りたくなる。
 これは、検索したら同じような方が大勢いた。
『もう、無理。別居したい』
 ネットで耳栓を頼んだこともある。でも付けたら耳が痒くなってダメ。

 おまけに冬は明け方暖房をつける。当たり前なのだが。エアコンの音が私をイラつかせる。

 そんな夫が、老後同じ趣味がないと捨てられたら困る……などと言い出し3年前からゴルフを始めた。
 真夏にラウンドに行く。
 朝早いから、とにもかくにも最高に暑くなる前には終わるはず……

 老バカ夫婦が大丈夫だろうか?
 
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