第15話 1曲だけ

文字数 698文字

 この夏は無事に越せればいい。もう、歳だから……
 先日の朝、はりきってウォーキングして具合が悪くなったので自信喪失。暑い日中は部屋で退屈している。
 これが、自分ひとりだと天国なのに。  
 好きな音楽をかけ、下手なピアノを弾く。ドラマや映画を観てウトウト、思いついたら執筆。 

 ところが、退職したじいさんがいる。
 早朝バイトをしているが、5時からだから、10時前には帰ってくる。(お疲れ様)
 それからは、狭いマンションでジトーっと一緒にいる。テレビはずっと点いている。
 

 もう、四半世紀前、子どもたちが習っていたピアノを辞めた。それと入れ替わりに、私が習い始めた。 
 聴くのは大好き。子どもに上達して欲しいから、そばで見ていて、楽譜も読めるようになっていた。
 習えば実力よりはるかに難しい曲を弾きたがる。ベートーベンの『月光』の第1楽章とか。

 発表会に出ることになり、左手のオクターブも届かないのに頑張った。  
 夏が来ると思い出す。あれほど頑張ったことは部活でもない。子どもたちにも言われる。夏が来ると『月光』を思いだす、と。おかあさん、よく弾いてたよね、と。
 開かなかった左手が開くようになる。
 録音して、聞いてみる。

 発表会当日は、上がってラストを2度繰り返してしまった。焦ったが、先生以外には気付かれなかった。

 あれから十年以上習ったのに、そのあとも
弾いていたのに……
 なにが弾けるの?
 暗譜で弾ける曲はない。

 今年はほとんど鳴らしていない。
 弾かない日が続いている。
 
 また挑戦してみようか?
 1曲だけでいい。これだけでいい。
 あんなに頑張ったあの曲だけは、もう1度弾けるようになりたい。
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