第90話 昔は良かった

文字数 1,008文字

 今年はあの子の孫が、出してくれとせがんだから何十年ぶりかで皆で並べたわね。
 この前はいつだったかしら?

 あの子の娘が小学生くらいじゃない? 娘は、私たちを怖い怖いと言って、ろくに見やしなかった。
 あの子ったら、私たちが夜中になると歩き回ると脅したりしたから、本気にして余計怖がったわね。
 だから、あの子、孫にはリカちゃんみたいな雛人形を買ってあげたのよ。あんなの、どこが良いのかしら? 人気あるらしいけど。
 私たちのがずっと繊細で、よくできているのに。
 
 でも、孫はかわいいわよね。古い私たちを、出して、出して、とせがんでくれて、壊れた刀や、扇を必死に直そうとしていた。
 
 でも、ひなあられもひしもちもなしよ。ひなケーキだって。ひし形の。
 さくら餅も、はまぐりのお吸い物もないわ。
 ちらし寿司はあったけど、袋に入ってるのをチャチャっと混ぜただけ。
 ひどいひな祭りだわ。

 昔は良かったわね。
 あの子の両親はわたしたちを大事に扱ってくれた。
 あら、あのおとうさんは、男の子が欲しかったのよ。だから、あの子が男の子を産んだ時には喜んで、大枚はたいて立派な五月人形を買ってあげたのよ。
 次に女の子が生まれた時には知らんぷり、私たちで我慢しろ、と。
 失礼しちゃうわね。

 でも、もう、最後かもしれないわね。
 ……もう疲れたわね。
 私たち、あの子のお姉さんが生まれた時に買われてきたのよ。もう、なな……十年も経つのよ。
 そうね、立派な木の箱に入れられて、5段飾りでお道具もたくさんあったわね。
 あの子がおままごとにして遊んでたから、タンスは壊れたし、お道具はボロボロで捨てられて、ついには私たちが入る箱も、場所を取るからと捨てられた。

 私たち、今じゃ無印で買った箱に全員押し込められて、
 なんで、私が五人囃子と同じ箱に入らなきゃならないの?

 でも、たぶん、もうすぐ処分されるわね。あの子ももう歳だし……
 なんか、私たち高く売れるらしいわよ。古い雛人形、買取りします、なんてチラシを読んでたわ。
 ねえ、私たちどこかに売られていくのかしら?
 あんな暗い物入れの中にしまいっぱなしなら、
 きれいに直してもらって、みんなに見られたいわね。
 私のボサボサの髪、なんとかしてくれないかしらね? 冠も曲がってるし。
 ねえ、お内裏様、あなたの頬もはげているし。クレヨンで塗って直したつもりなのよ。
 あの子、ひどいわ。



【お題】 雛人形たちの後夜祭
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