第85話 みんなショート

文字数 1,215文字

 ユニット10人のうち、ほぼ8割は女性だ。入居した時点でアラ卒(90歳)。
 ほとんどがショートカットだけど、たまにいる。ロングで、まだ染めている。息子さんが、母親にはきれいにしていてほしいのだろう。気持ちはわかる。きれいにしていてあげたいと思う。

 でもね、午前中の2時間で3人お風呂に入れなきゃならないの。すんなり入れるわけじゃない。血圧高くて測り直し。何度も何度も測り直し。足を上げたり下げたりして。
 今日は入りたくないの、とごねる。そうかと思えば1番じゃなきゃいや……
 わかりますよ。私だって、あとには入りたくない。

 たまにいる。ロングまではいかなくてもセミロング。自分で洗えるならいいんです。ご家族は高そうなシャンプーを持ってきてくれる。いい匂いが漂う。
「いい香りですね」
と言っても無反応。しまいに隣のリフト浴から便臭が。
 あ〜あ、大変。湯船に入ると気持ち良くて……また湯を入れ替えなければ。配膳までに終わらないな。

 こちらはドライヤーで髪を乾かす。長いから時間がかかる。以前生乾きで出てきた職員はリーダーに叱られていた。風邪ひくでしょ、と。
 その職員が勤めていた施設は全員ショートカットだそう。入浴は流れ作業。うちの施設は丁寧だと。

 90過ぎたら染めなくてもいいじゃない。染め続けて、髪はぺたんこ。
 美容師さんが来て染めてくれるけど、流すのは私なのよね。服につかないように脱がして、ラップはがして、何度も洗う。
「もう染めるのやめようかしら」
 口では言うけど、また染めるのよね。

 理美容など無関心な家族もいる。面会も来ないから前髪がどんなだかもわからないのだろう。
 ツゲさんは髪の量が多い。羨ましいくらいだ。前髪が伸びる。目に掛かる。目をふさぐ。素直な髪は分けても戻る。
 気になってしょうがない。リーダーに言えば、
「家族になにか持ってきてもらいましょうか」
 悠長に構えている。実行されない。家族は理美容も申し込まない。
 私は家にあったプラスチックの髪留めを持っていき、食事の時だけ前髪を分けて留めた。
 普段は食事さえ人任せ、手を動かすこともないツゲさんが、翌日髪飾りを食べた。ガリガリと。ツゲさんには自歯がある。職員が手袋をして、取れるだけ取ったが、見事に粉々に噛み砕かれていた。しばらくは便の観察だ。
 休み明けに知らされて驚いた。
 謝った。勝手に持ってきたことを。お咎めはなかったが。職員は家族にも電話を入れてくれ、ツゲさんの髪はカットされた。
 2度と、2度と余計なことはすまい。たとえ目が塞がろうが、なにがどうしようが……

 若い女性の職員はいう。
「口から食べられなくなったら胃瘻は拒否する。ゼリー食さえいやだ、と。ましてや、他人に尻を……その前に死にたい、と」

 しかし、90過ぎまで生きるような気がする。入居者は95歳があたりまえになってきた。死ぬのも怖いが、死なないのも怖い。


【お題】 ショートの彼女、ロングなあの子
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