四章 14

文字数 1,203文字

 明は二人を『サークル館』の屋上に連れていった。屋上は風通しがよく、気持ちがよかった。ここからは大学全体が見渡せる。もちろん『習学館』と『全教館』を結ぶ連絡通路もよく見える。
「もう少ししたら、犯人はここに現れる」
 明は青い空を見上げながら言った。奈々も空を見た。入道雲が空に浮いている。“入道雲を見ているとソフトクリームが食べたくなるな”と言った人がいた。奈々にはそれが遠い昔のことに思えてしまう。人は辛い過去を忘れることで生きていける。奈々は忘れたくなかった。――まだ何も終わっていない。
 
 
 どれくらい待っただろうか。恐らくは数分のことだっただろう。しかし、奈々にはもっと長い時間に感じた。 “カツカツ”と音が聞こえてくる。誰かが屋上への階段を上ってくる。明はそれが犯人だと言った。
 コンクリートの陰から人の頭が見えた。――まさか、彼が犯人?
「明くん、お待たせ」
 それは辻元刑事だった。
 土橋も驚いている。
「まさか、あなたが犯人だったのか?」
 辻元に駆け寄って襟首を掴んだ。
「なぜだ!あなた刑事だろ!どうして殺人なんか!」
「土橋さん、何を言ってるんですか?私は明くんに頼まれていた結果を伝えに来たんですよ」
「は?」
 慌てて明が間に割って入った。
「ごめんなさい。土橋さん。まさかこんなに早く辻元さんが来ると思わなくて。彼じゃありません」
「何だよ。紛らわしい」
 土橋は掴んでいた手を離した。そして辻元に「すいません」と謝った。
「いえ。びっくりしましたよ」
「辻元さん、どうでした?」
「一致しました。誰なんだい?あれは」
「やはり……。もう少し待って下さい」
 奈々も驚いた。一度しか会っていないが、辻元が殺人を犯すとは思えなかったからだ。しかし、辻元は犯人ではなかった。――では誰が?
「おう!明!」
 そこにいた全員が一斉に声の主を見た。
「犯人が解ったって本当か?」
 声の主は明るい調子で近づいてくる。
「うん。本当だよ、和さん」
 東雲は慌てて走ってきたのだろうか。Tシャツは汗みどろになっており、肩で息をしていた。
「誰だよ」
 東雲は明の肩を掴んだ。それを見て奈々はまたイラっとした。
「ちょっと東雲さん、慌てないで。もうすぐここに来るらしいから待って頂戴!それと明から離れて」
「奈々ちゃん、怖いなあ」
 東雲はポケットから煙草の様な物を取り出して咥えたが、辻元を見つけて慌ててポケットに仕舞い直した。それを見て奈々は思った。――何がただの煙草よ。やっぱり、大麻なんじゃないの?
「いや……」明は神妙な顔で言った。
「もう、待たなくていい」
 明は真っ直ぐ東雲を見ている。
「犯人はここにいるから……」
「明?……」
「そう和さんが徳田教授、そして梨香子を殺した犯人だ」
 
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