エピローグ

文字数 1,175文字

エピローグ
 
 明の逮捕から三ヶ月が経った。最近少しずつ気持ちを整理できるようになった。恐らくこれも彼のおかげだろう。彼はあたしを元気づけようと、この三ヶ月、よくデートに誘ってくれた。不器用な彼の優しさはあたしの心を洗ってくれた。
 結衣が言うように、あたし達の間には愛情はなかったのだと思う。それは姉妹に向ける思いに近いとあたしも思う。『精神的な双子』とはうまく言ったものだ。
 結衣が東雲のことを好きなことは知っていた。結衣が東雲に愛情溢れる目を向ける度にイライラしたのは、妬いていたのではなく、妹を心配していた姉のような気持ちだったと思う。東雲はお勧めできる男ではなかった。
 明を憎んでいないと言ったら嘘になる。大好きな父を殺されたのだ。許せるわけがない。でも父は過去を悔やんでいた。父ならこう言うのではないだろうか。

「俺は人の道を誤った。恨まれても仕方がないことをした。死んでしまって残念だが、いつまでも奈々を見守っている」

 所詮は自己満足の自己完結に過ぎない。でも父はもういないのだ。忘れることはできないが、いつまでも後ろを向いていてはいられない。
 それを教えてくれたのは彼の弱さだった。彼を見ていると、過去に縛られていることがどれほど悲しいことか、痛いほどに理解できた。自分自身を見ているようで辛かった。
 結衣は手紙を残してくれた。強がっているけど本当は寂しがりなあたしのことを心配したのだろう。結衣はあたしが恋をするべきだと言った。そしてお節介にも、その相手まで残していった。
――結衣に決められなくても自分が恋する相手くらい自分で選べる。
 あたしはそう思ったが、結衣の思惑通りになっていることが少し悔しかった。双子の妹に隠し事はできないらしい。
 
 でも結衣は手紙の中で一つだけ間違えた。明は結衣を恨んじゃいない。明は結衣の為にボールペンを収めたのだから……。
 彼の犯行はどれも両親と結衣を愛するが故の行動だった。認めることはできないが、その気持ちは理解できる。
 
 それにあたしは彼らを忘れたりはしない。
 
「奈々!」
 遠くで彼の声が聞こえた。近づいてくる姿を見ていると、どうしようもなく胸が高鳴る。
「今日はどこに行きたい?」
「あなたはどこに行きたいの?」
「そうだなあ。とりあえずぶらぶら歩くか」彼はそう言ってあたしの手を握る。
 あたしの目を見ようともしない。照れているのだろう。
「今日こそは教えてくれるのかい?」
「何を?」
「手紙に何て書いてあったかだよ」
 あたしはいたずらな笑みを浮かべてこう言った。
「ひ・み・つ」
 悔しがる彼の顔は可愛かった。
 
                                      了
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