五章 24

文字数 1,015文字

「なに?」
「この上杉はお前の姉さんだぞ!」
「俺に姉はいない」
「いるわ!」上杉は叫んだ。
「お父さんは綾子さんとは二度目の結婚だったのよ。あたしのお母さんは最初の妻だった。その時生まれたのがあたしよ。あたしはお父さんが殺されたことを知って、警察官になることを決めたの。必ず犯人を見つけてやるって思ってた。自殺だったなんて思いもしなかったけどね……」
「出鱈目を言うな!」
「本当のことよ」
 明は上杉の顔から滝沢誠の面影を探しているのだろうか。確かに写真で見た滝沢誠に似ている気がする。そして明ともよく似ている。土橋はそう思った。
「そんな……、俺に姉ちゃんが……」
「あなたがしたことは許されることではないわ。あたしも彼らが憎いわ!でも戦い方は他にあったはずよ!」
「俺にはなかったよ……。俺とお袋にはなかった……。親父は俺達のすべてだったんだ」
「結衣……」
「それはあいつの名前だ。俺の名前は明だ」
「……明。それを渡して」
「もう手遅れだよ」
「それは違う!」辻元が割って入った。
「結衣さんはそうは思っていなかった」
「結衣が?」
「彼女は私に言ったんだ。犯人は死のうとするかもしれないから止めてほしいって!」
「結衣がそんなことを……」
「彼女はすべてを知って尚、君に生きて罪を償ってほしいと思ったんだ。だから私にそう頼んだ。君は姉だけでなく、自分の分身の気持ちも踏みにじるのか!」
「……」
 明はボールペンを落とした。
 辻元はゆっくりと歩み寄った。そして手錠を取り出して、明の手首にかけた。
「行こう」
 明は俯いたまま、こちらを見ようともしなかった。
 四人の命を奪った殺人犯が今捕まった。そして一○人もの命を奪った事件は、今終焉を迎えた。



 土橋は床に落ちている何かに気がついた。
 明が立っていた場所に封筒が落ちている。
 ボールペンを取り出す時にでも落としたのだろうか。土橋はそれを拾った。
「どうやらこれは君宛の手紙だ」
「え?」
 土橋は大塚に手紙を渡した。手紙を見て大塚が笑った気がした。確かに明、いや結衣らしいと土橋も思った。手紙の中身を大塚は見せてはくれなかった。しかし土橋は内容が何となく想像できた。大塚を元気づけるつもりだったのだろう。なぜ解ったかというと、封筒にこう書かれていたからだ。
『奈々へ 遺言だよーん』
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