五章 19

文字数 971文字

「辻元さん?」
 屋上に上がると先客がいた。辻元刑事と女性だった。恐らく彼女も刑事なのだろう。
「土橋さん。それに大塚さんも。明くんに?」
「はい。呼ばれました」
「ではやはり……」
「やはり?」
「大塚奈々さん。あなたは滝沢結衣だ」
「辻元さん……」
「一致したんですよ」
「何がですか?」大塚が聞いた。
「あなたの指紋と結衣の指紋が一致したんです。無断で採取した指紋ですから証拠能力はありません。ですが改めて指紋採取を求める根拠にはなる」
「そんな……」
 大塚は呆然としていた。縋るような目を土橋に向ける。土橋は安心させる様に微笑んで、大塚の肩に手を置いた。
「君は記憶を失ったことがあると言ったね?」
「はい」
「滝沢結衣も記憶を失っていたそうなんだ。だから俺も君が結衣なんじゃないかと思った。そして君の母親が綾子で、彼女が犯人なんじゃないかとね」
「……」
「でもそれは違った。君の母親は犯人じゃない」
「土橋さん……」
 奈々は土橋の肩に顔を埋めた。
「土橋さん。指紋は一致しているんです」
「彼女が結衣だとしても犯人だということにはなりません」
「どういうことです?」
「五年前の事件。大塚富美に犯行は不可能です。彼女と不倫関係にあった男性が当日、二三時まで一緒呑んでいました。裏も取れています。そのバーから現場まで二○分以上かかります。富美には岩槻勇を殺すことはできません。近所のホームレスが逃げていく者を目撃していることから、奈々さんが犯人でないことも明白です」
「それをどこで?」
「名古屋の新聞社の人が調べてくれました」
「では犯人は誰なんだ?」
「解りません。明くんが知っているはずです」
「土橋さん……」
 大塚がまだ縋るような目線を向けてくる。
「あたしは滝沢結衣なの?」
「指紋が一致したという事は間違いないと思う」
「そんな……」
 自分を否定されたような気になっているのだろう。当然だ。今まで生きてきた自分が偽りの者だったと知れば、誰でもそうなるだろう。
「違いますよ」
 声の方を向くと明が立っていた。話に夢中になり過ぎて全く気が付かなかった。
「奈々は滝沢結衣ではありません」
「しかし!」
 そう言う辻元を明が手で制した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み