四章 10

文字数 764文字

 土橋は奈々がトイレに立ったのを見計らって、明に尋ねた。
「君は彼女のことをどこまで知っているんだ?」
「どこまで?僕達、していませんよ」
 土橋は恥ずかしくなった。
「そうじゃない。彼女が名古屋に居た頃の話だ」
「ああ」
 興味なさそうに明は続けた。
「過去に何があったとしても、大切なのは今ですから」
 恐らく明は知っているのだろう。奈々の父親が殺され、名古屋から堂明へ出てきたことも、すべて承知して奈々と接している。つまり明は奈々が犯人ではないと思っているのだろう。名古屋の事件も今回の事件も――。
 土橋はまだ明のことをよく知らないが、根拠もなく無実を信じるようなことはないように思えた。
「君は彼女を信じているんだね」
「はい」
「根拠はあるのかな?」
「名古屋の事件は女には無理だと思います。それに奈々がお父さんを殺すはずがありません。奈々はお父さんを愛していますから。奈々は今も悪夢にうなされています。自分を庇ったせいで殺されたんだと、自分を責めています。犯人を誰よりも憎んでいますよ」
 確かに岩槻勇は娘を護るように倒れていたらしい。
「土橋さん。過去の事件の話は後回しだという約束でしたよ」
「そうだったな。すまん」
 程なくして奈々は戻ってきた。
「明、前に報告した山田幸子覚えてる?」
「えっと、教授のことが好きだという、もの好きな子だったよね」
「気になることがあるの」
「気になること?」
「あの子は嘘を吐いている」
 そう言って奈々はバッグから携帯電話を取り出した。その電話はブルブルと震えている。液晶画面を見て奈々はわずかに眉を吊り上げた。そして画面を見せてきた。そこには携帯の番号と『山田幸子』という文字が表示されていた。
「噂をすれば影ね」
 
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