四章 2

文字数 1,385文字

「あなたが仰っていた大塚奈々さん。確かに堂明大学の学生でした」
 辻元は淡々と言った。
 
 昨日、土橋が救急に通報して、救急隊員が梨香子の死亡を確認した。明らかに殺人の現場だったため、隊員は遺体をそのままにして警察に出動を要請した。
 一○分もすると辺りは警察で埋めつくされ、現場は立ち入り禁止になった。
 その後、土橋は二○代と思しき若い刑事に警察署へ連れて行かれた。そして理由も説明されずに取調室に入れられた。抗議しても、警察は取り合ってくれなかった。その後、刑事は出ていき、狭い取調室に一人取り残された。
 土橋が取調室に放置されて三○分程経過した。痺れを切らして室内をウロウロしていると、先程の刑事が戻ってきた。その後ろからもう一人――その若い刑事より一○は年上だろう――現れた。
 その男は警察手帳を見せた。そこには辻元真一、階級は警部補と書かれている。土橋と辻元は机に向かい合って座った。
 辻元は手帳に書かれている通りの自己紹介すると、淡々と話し始めた。
「土橋さん?でしたか。あなたは田中梨香子さんを殺しましたか?」
「は?」
「殺しましたか?」
 辻元は有無を言わせない迫力があった。土屋とはまた違った迫力だ。
「いいえ」土橋は不機嫌さを隠すことなく言った。
「そうですか。ではこれは何ですか?」
 辻元は透明なビニール袋を見せた。中には皺皺になった土橋の名刺が入っていた。
「俺の名刺です」
「そうでしょうね。これを田中さんが握っていました。なぜですか?」
「彼女は私の依頼人ですから、名刺を持っていて当然ですよ」
「依頼人?」
「俺は探偵をしています。田中さんからある調査を依頼されていました」
「どういった調査を?」
「それは言えません」
「守秘義務って奴ですか?」
「そうです」土橋は間を置かずに答えた。
 辻元はパイプ椅子に凭れ掛かった。“きい”と金属音が鳴る。
「なるほど。それならば持っているのは当たり前だ。ですが、なぜ握り締めていたのでしょう?」
「知りませんよ!」
「土橋さんはミステリー小説お読みになります?」
「何ですか、急に」
「これは田中さんのダイイングメッセージじゃないでしょうか?」
「そんなバカな……」
 土橋の言葉を辻元は手で制した。
「そんなバカな話はないだろう。私もそう思いますよ。だってあなたが殺したとすると、目の前でバッグから名刺を取り出して、握り締める。そんな不自然な動きに全く気がつかなかったことになりますからね」
「俺は殺してなんかいない!」
「私もそう思います」
 辻元の言葉に意表を突かれた。
「え?」
「あなたは殺していない。でもね。上はそうは思っていない」
「刑事さんが説明してくださいよ!」
「無理ですね」
 辻元は土橋の目を真っ直ぐ見ている。
「な、なんですか?」
「土橋さん、あなた何か知ってるんじゃないですか?」
「……」
「このままだと、しばらく家には戻れなくなりますよ」
 望むところだと思ったが、土橋はこんなところで時間を潰している場合ではなかった。七月二五日まで後三日しかない。
「もし……」
「はい?」
「もし堂明大学の学生に大塚奈々という生徒がいたら、何か知っているかもしれない」
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