二章 8

文字数 1,439文字

 さすがに疲労が蓄積してきた。二日間で一○人はさすがに堪える。徳田が関係を持った女性二一名のうち、一七名が大学を卒業している。さらに七名はこの街を離れている。明はこの七名を排除することにした。こちらは三人で捜査している。物理的に広範囲を捜査するのは不可能だった。この七名は警察に任せよう。明はそう思った。
 さすがは警察、残りの一○名のところにもすでに来ていた。
 “同じ話でいいから”と頼むと、嫌がられはしたものの、話してくれた。
 明の中性的な風貌が、彼女たちを安心させたようだ。
 かなりハードなスケジュールだったが、二日間で一○名すべてに話を聞くことができた。授業をサボった甲斐があるというものだ。
「今日はもう家に帰るか」
 駅前の大時計を見るとまだ昼の三時だった。しかし、今日はもう何もする気にならなかった。
「明!」
 聞き覚えのある声に呼ばれて、嫌な予感がした。恐る恐る振り返る。
――やはり。
 そこには田中梨香子がいた。梨香子はすぐに腕を絡めてきた。
「何だよ、梨香子」
「随分な言い方じゃない」
「もう僕たちは終わっているんだから……」
「前はあんなに激しく抱いてくれたじゃない」
「そんなこと覚えてないよ」
「ひどい!明、あたしを弄んだのね」
「止めろよ。声が大きいよ」
 駅前を歩くサラリーマンが二人を見たが、すぐに興味を失って去っていった。
「あたしにそんな口利いていいと思ってるの?」
「またかい?何度も話し合っただろう。もう僕は君を好きじゃないんだ。というより最初から好きじゃなかった」
「やっぱり弄んだんじゃない」
「違うよ。君の勘違いなんだって」
「あたしはあの夜が忘れられないの……」
 梨香子はうっとりと虚空を見つめている。“あの夜”とやらを思い出しているようだ。しかし、明は彼女を抱いていない。というよりも抱いた記憶がなかった。
「あの夜は酔っぱらっていたから……」
「酒のせいにするの?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ後一回でいいわ。デートして?」
「……」
 明は正直面倒臭いと思った。梨香子は一年生の時に知り合った先輩だ。
 当時未成年だったが、酒を浴びるほど呑まされた。朝起きるとそこはホテルの一室で、裸の梨香子が隣で寝ていた。こんなテレビドラマのようなことが本当に起こるのかと愕然とした。
 それから梨香子は周りに明と付き合っていると吹聴するようになった。明は自分の責任でもあったから三ヶ月は我慢した。そして別れを切り出した。
 梨香子は頑として首を縦に振らなかったが、数ヶ月して梨香子に新しい彼氏が出来たことによって、事は丸く収まった。
 かに思えた。しかし、梨香子は彼氏と別れる度に明に付きまとうようになった。恐らく今回も彼氏と別れたのだろう。
「解ったよ。でも今日は勘弁してくれ。疲れてるんだ」
「いつデートしてくれるの?」
「また電話するよ」
「そう言って逃げる気でしょう」
「違うよ。約束は護るから」
 梨香子は渋々了承した。
 去っていく梨香子の後ろ姿を見て、明は溜息を吐いた。
 梨香子に聞きたいことがあったのだが、面倒臭いことになりそうだったので止めた。やはり奈々に頼んで良かった。奈々が梨香子を嫌っていることは知っていたが、明は梨香子に会いたくなかった。
「奈々、押しつけてごめん……」
 明は罪悪感をいだきながら家路についた。
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み