五章 11

文字数 1,688文字

 ファイルを探し初めて、二時間以上が経過した。会社の経営状況を表すものばかりで、これというものは見つからない。土橋が何冊目か数えるのも馬鹿らしくなった時、一つのファイルに目をとめた。
「これは!」
 それは新聞記事をスクラップしたファイルだった。注目したのは一○年前の記事。
 
 
二月二○日朝刊
 谷口ファンド、今度は滝沢工務店を買収。社長の谷口氏は買収理由を“小さいが将来性のある会社”と説明。一部週刊誌には社長には個人的な理由があったのではないかと報じている。
 
 
「そんな……」
 土橋は知らなかった。父親が滝沢の会社を買収していたとは――。いや、意識的に目を背けていたのかもしれない。父親が阿漕な商売をしていることは知っていた。数多くの人達から恨まれていたことも知っている。
 しかし、その復讐に巻き込まれて母や妹が殺されたとは思いたくなかった。全身に火傷を負い入院している間も、テレビは見ないようにしていた。テレビでは父親の過去を暴いていたらしいから、もし見ていればその時に気づけたかもしれない。
 土橋は事件と向き合っているつもりになっていただけで、三年前の事件とは全く向き合えていなかったようだ。
「土橋さん!これ」
 大塚の声によって自虐思考から引き戻された。差し出すファイルを見ると、それは社員名簿だった。
「一○年前の社員名簿じゃないか」
「ここ見て」
 大塚が指さす箇所を見ると、見慣れた名前が並んでいた。『専務取締役:岩槻勇。常務取締役:山口直人』
「やはり繋がっていたのか……。俺の親父も滝沢と繋がっていた」
 土橋は記事のファイルを見せた。大塚もこの記事には驚いたようだ。
「うちだけが放火だった理由が解ったよ。俺の親父は一番恨まれていたんだ。その溢れ出る憎しみは、一家皆殺しという道を選んだ。もしかしたら今年殺されるのは俺かもしれないな……」
「土橋さん……」
「大丈夫だ。簡単には殺されないさ」
 土橋は大塚の目を見ることができなかった。見てしまうと、考えを読み取られてしまう気がしたからだ。土橋は悟られる前に話を変えた。
「ここに佐藤良枝の名前はないな」
「そうね。でも必ず繋がっているはず。探しましょう」
 
 作業に戻ろうとして、土橋はふと疑問に思った。
「なぜ辞めたんだろう」
「え?」
「岩槻勇と山口直人はなぜ会社を辞めたんだろう。何か聞いているかい?」
 殺された時、二人は谷口ファンドの社員ではなかった。専務や乗務にまでなった者が辞めるのは、よほどの理由があってのことだろう。
「そう言えば……、父が酔っぱらって言ったことがある。“俺達は人殺しだ。それなのにあいつは何とも思っていない。あいつには付いていけない”って」
「人殺し……」
「あたしも気になって聞いたんだけど。“実際殺したわけではないけど、それと同じだ”って言ってたわ」
「『あいつ』は俺の親父のことかも……。滝沢誠の死に関係があるのか……。彼は会社を追われて、借金まで負ってしまっていた。まさか!」
 土橋は身体に稲妻がはしったような衝撃を受けた。しかし、それが事実だとしたら。――やはり犯人は……。
「どうしたの?何か解ったの?」
「滝沢誠は自殺したんじゃないだろうか」
「自殺!でも……」
「確かに警察は他殺だと判断した。彼は背後から首筋を一突きされている。確かに自分では難しい……。でもそうだとすると犯人が執拗に七月二五日に拘り、谷口ファンドの関係者を殺したのか、その理由が説明できる気がするんだ」
 大塚の目は「それは何?」と語っていた。
「夫をそこまで追い込み、自殺させた恨み……。それを晴らすための殺人だ」
「夫?犯人は滝沢夫人だというの?」
「そう考えると一番筋が通る。これでもし佐藤母子も繋がっていれば、さらにその推理は強化される」
「解ったわ。必ず見つけましょう」
 土橋は大塚には言えなかった。もしかしたらその犯人は、大塚富美かもしれないということを――。
 
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