二章 1

文字数 1,618文字


 明は警察が帰った後、学長から鍵を借りて『全教館』二階にある徳田の教授室を訪れた。部屋は事件後そのままになっている。
 明は犯人になりきることにした。扉を開けて真っ直ぐ机に向い、徳田に近寄る。そしてナイフを突きつけ立ち上がらせる。ソファーの前に連れていき、突き飛ばし寝かせる。手錠をかけ、ナイフでズボンを切り、あれを切り取る。徳田の叫びが続く中、心臓を一突き。そして腹を十字に切り裂いた。ここまでわずか数分。
「全く迷いがない。流れるように無駄のない動きだ」
 しかも犯人は血痕が飛ぶ方向まで計算して刺していたようだ。飛び散った血痕は床やテーブルに綺麗な放射状の図を描いている。全く途切れていない。間に障害物――犯人の身体――がなかったことを示している。恐らく犯人はほとんど血を浴びていなかったのではないだろうか。
「計画的な犯行だな。女生徒にこんなことができるだろうか?」
 恐らく指紋も毛髪も、犯人に繋がる証拠は残っていなかっただろう。明はそう確信した。
 机が気になり、引き出しを下から順番に開けていく。
「写真がない」
 徳田が関係を持った生徒の写真を引出しに仕舞っていたことは解っている。しかし、それがないということは、警察が証拠として持っていったのだろうか。それとも犯人が――
 明はパソコンを探したが、なかった。警察が押収したらしい。仕方がない。東雲がパソコン内の情報を持っていることに期待しよう。
「こんなところかな……」
 ふと扉に目を向けると、釘が飛び出しているのを見つけた。目線より少し下辺りから尖端が飛び出している。
 そういえば扉の外側に“ノブは右に回せ!”と書かれた木板が付けられていた。それを打った釘が反対側にはみ出しているのだろう。――扉の厚みに合わせた釘を使えばいいのに。
 明は徳田の大雑把さに呆れてしまった。部屋から出る時は気をつけないと怪我をしてしまいそうだ。
――怪我?
 明ははっとして扉に駆け寄った。しかし、特に血も服の繊維などもついてはいなかった。
「犯人はこれに気がついていたみたいだな。大発見だと思ったのに」
 明は手帳を取り出し、解った事実を記入した。盗聴のデータから正確な時刻は解っている。

 
 
 《七月一九日
  一八時○一分~一八時一六分→土橋と名乗る男が教授室を訪れ、滝沢誠について尋ねる。
  一八時一六分~一八時五五分→女生徒が入室。徳田、趣味に勤しむ。
  一九時○四分~一九時一九分→何者かが押し入り徳田を殺害。男根を切り取り、心臓を一突 
  き、その後腹を十字に引き裂いている。》
 
【所見】犯人の痕跡なし、返り血もほとんど浴びていない模様。警察が押収したのか、犯人が持ち去ったのか不明だが、コレクションの写真はない。扉に釘→気を付けないと怪我をする。
凶器は刃渡り二○㎝程のサバイバルナイフのような物だと推測される。
 

 
――そう言えば、今日は奈々から電話がないな。
 明はふと奈々の顔を思い浮かべた。昨日のことを怒っているのだろう。明は結局あの後、奈々にすべてを説明した。
 学長から更衣室泥棒の捜査ともう一つ、徳田教授の内定を依頼されていたこと。一人で二つは難しいと判断した明が協力者として東雲を指名したこと。更衣室事件は明が、徳田の内定は東雲が行っていたこと。三日前、東雲は徳田が行っている数々の変態行為を学長に報告したこと。憤慨した学長は徳田のクビを切るための証拠集めを追加依頼してきたこと。
 そして昨日、明は状況を聞くために奈々と『野草サークル』の部室を訪れたこと。
 説明を聞いた奈々は色々なことを怒っていた。徳田教授の卑劣な行為。自分が蚊帳の外に置かれたこと。そして恐らく明が協力者として東雲を指名した――奈々はそうは言わなかったが――こと。
「まいったな。どうやって機嫌とろう」
 
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