二章 5

文字数 978文字

 奈々はその日のうちにもう一人――谷口理恵――に会った。真紀と同様に警察に色々と聞かれたらしく、奈々に対して拒絶の態度を隠そうともしなかった。理恵も就職が決まっており、単位が足りなかった。
 理恵はしきりに徳田と寝たのは一回だけだと繰り返した。奈々は一回だろうが、二回だろうが興味はなかった。身体を使って稼ぐなら正々堂々とソープランドやヘルスで働けばいい。なぜ売春まがいのことをするのか。奈々には理解できなかった。身体の見返りに単位を得る。金が単位に変わっただけで売春には変わりない。
 理恵にはアリバイがあった。昨日は授業後、夕方一八時からアルバイトをしていた。駅近くのキャバクラだ。店に確認したところ確かに理恵はその日、一八時に出勤していたという。理恵は犯人ではない。
 携帯に目をやると夕方一八時を回っていた。今日は二人が限界のようだ。奈々は残り二人とは明日会うことにして、自宅のアパートに帰った。
 
「おかえり」
 母のか細い声が聞こえてくる。奈々はそれに答えて居間に入った。父に挨拶することが日課になっているので、自然と足が居間に向いてしまう。そして父の遺影の前に正座した。
「父さん、まだ足りないよ。父さんの流した血には足りていない。全然……」
 奈々の携帯電話が鳴った。画面を見て驚いた。
「はい」
『奈々?久しぶり!』
「清美どうしたのよ、急に」
 奈々の声は弾んだ。懐かしい声が安らぎを与えてくれる。
『最近デラ暑いよね。そっちはどう?』
「こっちは湿気がない分まだ増しかな」
『そっかー。いやー、懐かしいね!』
「本当ね。でも急だからびっくりしたよ」
『いや、それがさ……』
「何かあったの?」
『今日、土橋って人が来てさ。奈々のことを聞いて言ったんだよね』
「あたしのこと?」
『正確には奈々と奈々のお母さんのこと。それに……、亡くなったお父さんのこと』
「……」
『あたしよくわかんないって言ったんだけど、しつこくって!どこに引っ越したんだとかさ』
「それで清美は何て答えたの?」
『みんなが知ってることしか話してないよ。勿論、住所も言ってない』
「そう……。解った、ありがとう。知らせてくれて」
『奈々?』
「ん?」
『もうすぐだね。お父さんの命日……』
「うん……」
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