五章 7

文字数 1,169文字

 明は事件の共通点について考えていた。
「放火事件以外はすべてナイフで刺されている」
 犯人はナイフにこだわりがあるようだった。理由は不明だが、執着しているように見える。すべての始まり、滝沢誠事件の関係者でもある綾子と付き合いのあった徳田なら、何か知っていたかもしれないが、彼はもうこの世にはいない。
「犯行時刻は主に夜だ。これも放火事件だけが違う」
 放火事件だけが何もかも違うように思える。何か理由があるのだろうか。もしかしたら放火事件だけはたまたま七月二五日に起きたのであって、連続殺人とは無関係なのだろうか。
「いや、そんなはずはない。その日、堂明で殺人事件はその放火だけだ」
――では、なぜ?
「もしかしたらこの放火は犯人にとってもイレギュラーな事態だったのではないだろうか」
 放火事件だけが異質なのはそれだけではない。他の事件は被害者が一人ずつだ。それに対して放火事件は家族を巻き添えにしている。名古屋の事件など、目の前に娘が居たにも関わらず見逃している。しかし、放火事件では皆殺し――生き残りはいたが――だ。場合によっては周辺の家にも被害が飛び火する可能性もあった。谷口家だけで済んだのは、単に運が良かったにすぎない。
「三年前、犯人に何が起きていたんだ」
 その放火事件のことはよく覚えている。三年前は明にとってショッキングな出来事があった年だから、忘れたくても忘れられない。
 事件は連日連夜報道されていた。明はすべてのニュースでそれを確認していた。犯人は誰なのか、各局で推理合戦が起こっていた。熱狂ぶりは凄まじく、被害者のプライバシーなどお構いなしに谷口家の情報が漏らされていった。一郎の女性遍歴から、愛子の浪費癖について、さらに咲の性癖に至るまで、おもしろおかしく放送する局もあった。
 唯一の生き残りである建に対しては、まるで生き残ったことが罪悪であるかのように報じられた。建が犯人なのではないかと、心無いことを言うコメンテーターもいた。明は他人事ながら辟易していたのをよく覚えている。
 建はそんな報道から逃げるように別の病院に転院して、それと同じくして隣町に住む母の妹の養子になった。ひと月もすると、あれほど加熱していた報道が嘘のように、放火事件が扱われることはなくなった。テレビ局は芸能人のスキャンダルを追いかけるのに忙しいようだった。
 そんな仕打ちを受けたら、恨むのも無理からぬことだ。明は土橋の復讐心がメラメラと燃えていることに気が付いていた。そしてその場に居合わせたら必ず止めようと心に決めている。
「土橋さんを犯罪者にするわけにはいかない」
 そのためにも早く犯人を見つけなくてはならない。――彼女に会いに行ってみようか。
「無駄足にならないことを祈ろう」
 
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