五章 23

文字数 1,848文字

「辻元さん、すまない」
 辻元は土橋の手を放した。
「徳田を殺したのはお前ではないのか?」土橋に代わって辻元が聞いた。
「ああ、東雲って奴だ。俺が山口を殺した時にその場に居た奴だ。あいつは山口に犯されていた。結果的に俺が奴を助ける形になった。アドバイスもしてやった。山口の○○チンにはお前の糞がたっぷりついている。持って帰って処分した方がいいぞってな。
 でもあいつも驚いただろうな。自分と同じ大学に結衣が入学してきたんだから。でも結衣は何も覚えていない。いや、知らないと言った方が正しいだろう。もしかしたら結衣に直接聞いたことがあるのかもしれないな。でも結衣には何のことか解らないから答えようもない。
 そこであいつは影から結衣を護ろうとしたんだ。俺が夜出歩くと、結衣と間違えて後を付けてやがったこともあるからな。だから奴は結衣が女だということも知っていた。俺は外では女装しているからな。だからあいつはゲイじゃねえぜ。
 あいつには感謝している。俺の代わりに徳田を殺してくれたんだからな。頼んだわけじゃねえぜ?あいつが勝手にやったんだ。でも雑すぎる。だからフォローしてやったんだ」
「フォローだと?」
「現場であいつの痕跡を消してやったんだ」
「田中梨香子の現場もか?」
「ああ、そうだ。さらに土橋って奴の名刺を握らせた。徳田の部屋から拝借した名刺だ」
 これで大胆さと繊細さが共存していた理由が解った。
「でもまあ。あいつは良い女だったから、死んで残念だよ。あの夜のことは忘れられないね。
あの夜、俺が目覚めたのは駅前の居酒屋だった。その時にはすでに身体はかなり酔っていた。結衣はあまり酒が強くないから、辛かったはずだ。梨香子は俺が出てきたとは気づかずに口説いてきた。だから抱いてやったんだ。男だと思っていたんだろうが、女の身体をしていることに驚いていた。でも梨香子はそれでも構わないと言った。だからたっぷりと楽しんだぜ。俺が何も言わなくても“この秘密は誰にも言わない”と約束してくれた。だから殺さずに済んだ。それで俺は調子に乗って名古屋から堂明に越してきたことを話しちまった。今でも迂闊だったと思っているよ。
 結局梨香子は知り過ぎちまった為に東雲に殺されたけどな。俺が殺さなくても死ぬ運命だったんだろう」
――運命だと?
 土橋は怒りを押し殺した。冷静にならなくてはならない。それを知ってか知らずか、辻元が質問を続けた。
「現場では女が目撃されているが?」
「外では女装しているって言っただろ?普段の姿で結衣の友達に会ったら困るからな。これまでの現場にもすべて女装して行った」
「女装?お前は女なんだろう?」
「結衣はな。俺は男だ。悪いが、腕っ節ならそこらの男には負けないぜ」
 明は得意気に腕を回した。その無邪気さが憎らしかった。
「結衣さんは君の存在を知らなかったみたいだが……」
「ああ、あいつは俺という存在を知らない。だからあいつは夜の記憶がないはずだ。まあ、寝ていたと思っているだろうけどな」
「でも君は結衣さんを知っているんだな?」
「正確には直接は知らない。お袋から聞くんだ。だから昼間のことは何も解らない」
「徳田の奥さんに電話で居場所を聞いたのはお前か?」
「ああ。まさか堂明大にいるとは思わなかったぜ」
「今年は徳田を殺すつもりだったのか?」
「ああ、あのクソ野郎を殺すのは最後まで取っておきたかったんだ」
「では徳田が死んだ今どうする?」
「もう一人殺さなきゃいけない奴がいる」
「それは誰だ?」
 明はどこから取り出したのか、ボールペンを自分の首筋に当てた。
「俺だよ」
「止めろ!」
「近づくな!近づいたら刺して終わりだ」
「止めろ!」尚も辻元は言った。
「うるせえな!俺は本来生きているべきではない人間だ。それに人殺しでもある。俺は自分のしたことが正しいなんて思ってない。でもな……。俺にはそれしかなかったんだ。復讐だけが俺の存在を証明してくれるんだ。でもその復讐も終わった。だから俺は死ななくてはならない」
 土橋は自分の分身を見ているような気持になった。自分が踏み止まった復讐を果たした男が目の前にいる。彼は自分を無に帰そうとしている。まかり間違えば土橋がこうなっていたかもしれないのだ。他人事ではなかった。
「お前は自分の姉の前で死ぬつもりか?」辻元が諭すように言った。
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