五章 22

文字数 1,181文字

「ああ、やっと出られた。おや?お迎えかい?」
 およそ明の口調とは違っていた。――これがもう一人の人格か?
 しかし、これで犯行がすべて夜に行われていた理由が解った。その時間しか動けなかったからだ。
「もしかして、結衣の奴が全部言っちまったのか?あいつの勘の良さも困ったもんだ」
 誰も答えることができなかった。
「まあ、いいや。いい機会だ。聞きたいことがあったら聞けよ。何でも答えてやる。これが最後の機会になるからな。大サービスだ」
 しばらくは目の前の光景を受け入れられなかった。しかし、土橋はいち早く混乱から脱して言葉を捻り出した。
「お前は一体何なんだ……」
「結衣が説明したんじゃないのか?俺には聞こえないから言うことが被っても文句言うなよ。俺は結衣の中のもう一人の人格だ」
「先程の会話を覚えていないのか?」
「覚えていないと言うよりも聞こえない。だって俺はそこにはいないんだからな」
「ということは今の会話を明、いや結衣さんが聞くことはできないのか?」
「それができたならとっくに結衣が事件を解決していたさ」
「信じられん……」
「別に信じてもらう必要はないさ。でもこれが事実だ」
「解った。今はそれを論じても始まらない。事件のことを聞いてもいいか?」
「ああ、今しか聞けねえぞ。聞き残しのないようにしろよ?」
 今まで信じていた崎本明という人物が急に遠くにいってしまった。土橋は怒りと共に悲しみを感じていた。そしてそんな自分に驚いた。目の前の人物は殺人犯なのだ。憎むためだけの存在なのだ。土橋は必死に自分を落ち着けさせた。今は真実を明らかにすることが重要だ。
「滝沢誠は本当に自殺だったのか?」
「ああ、親父も弱い男だ。死んじまうなんてな。娘が徳田のクソ野郎にヤられたんじゃ、死にたくもなる気持ちも解らんでもない。まあでも、皮肉にもそのおかげで俺が生まれたんだけどな」
「どういうことだ?」
「結衣にはショックがデカ過ぎたんだろうな。なんせ徳田の逸物だ。逃げたくなるのも無理はない。その心の傷が俺を呼びだした。二回目からは俺が代わりに徳田にヤられてやったんだ。必ず殺すと決めていたから我慢してやった」
「二重人格か……」
「俺はお袋の意志を継いで、岩槻勇、山口直人、佐藤真奈美、佐藤佳枝を殺した。予定外だったのは結衣が入院したことだ。そのせいでお袋が動いちまった。関係ねえ奴まで殺して、さっさと自殺しちまった」
「貴様!」
 土橋は明を殴った。しかしすぐに辻元に腕を掴まれた。
「土橋さん落ち着いてください」
「離せ!」
「私だって殴りたいのを堪えているんですよ!」
 はっとした。大塚だって、きっと辻元にもこの事件に思いがあるはずだ。それを自分だけ――。
 土橋は恥ずかしくなった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み