二章 12

文字数 1,021文字

 梨香子は奈々の背中を見送りながら溜息を吐いた。久しぶりに本気で口説いたかもしれない。男に抱かれるのも好きだが、女の柔らかい肌に包まれるのも好きだった。梨香子は相手が男でも女でも本気になることは滅多にない。でもたまには本気になることもある。
 明も本気になった者の一人だ。――皮肉なものね。
 奈々は明を愛している。梨香子は明を愛し、奈々を愛し初めている。
 もう一度溜息をついた。
――奈々のためにも明のことは諦めようか……。
 その考えは携帯電話の着信音で中断された。それは土橋からの着信だった。
「はい」
『土橋だ』
「どう?成果は」
『ますます解らなくなった。滝沢夫人が一○年前名古屋に越してきたことは間違いない。そして新しい戸籍を買っている。しかし、それからの消息がまるで解らない』
「成果なしか……」
『いや、そうでもない』
「何か解ったの?」
『五年前に名古屋市守山区で未解決の男性刺殺事件が起きている。その被害者の夫人と娘は事件後そちらに引っ越している。事件が起きた日は七月二五日……』
「本当なの?」
『間違いない。滝沢事件と凄く似ている。もしかしたら滝沢夫人は名古屋で再婚して、再び事件を起こしたのかもしれない』
「被害者の名前は?」
『岩槻勇、当時五○歳。バツイチだった彼は一○年前、子連れの女と再婚している』
「怪しいわね。岩槻夫人と娘の名前は解っているの?」
『ああ。現在は旧姓に戻っている』
「教えて?」
 土橋は夫人と娘の名前を言った。
「それは本当なの?」
『ああ、間違いない。知っている者か?』
「ええ……、残念ながら」
『今、駅に着いたんだ。会って話そう』
「ええ。今は駅の南にいるわ」
 雨が激しくなってきた。梨香子は周りを見渡した。ちょうど高架下に歩行者用のトンネルがあったので、そこで雨宿りすることにした。
 梨香子は不意にあることを思い出した。
「土橋さん!その親子は五年前に名古屋からこちらに来たって言ったわね」
『ああ』
「もう一人、心当たりが……」
 突然背中をドンと押された。背中が急に熱くなる。
「ぐ……」
『どうした?』
 梨香子が振り返ると血まみれのナイフが目の前にあった。それを見て自分が刺されたことを悟った。
「あ……あなた」
『おい!どうした!』
 梨香子は前のめりに倒れた。そして動かなくなった。
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