五章 20

文字数 2,253文字

「その話は後回しにしましょう。それよりも……」
 明はその場にいる全員を見て、言葉を続けた。
「犯人はまだ現れていませんが、話を始めましょう」
 明は二組の間を通り抜けて全員に背を向けた。そして振り返ると謎解きを開始した。
「五年前の岩槻勇、四年前の山口直人、三年前の谷口一家、二年前の佐藤真奈美、去年の佐藤良枝。彼らが殺された理由は復讐です」
「やはり」誰ともなく呟いた。
「土橋さんと奈々が調べてくれました。彼らは滝沢工務店の買収に関わっています。しかしその買収は非情な手を使って行われたものでした。良枝と山口を使って、無理矢理、滝沢誠の不倫をでっち上げたのです。それをマスコミに流し、滝沢工務店の株価を下げることによって安値で買収した。そして買収後、滝沢誠を追い出した。その結果、滝沢誠は借金を背負うに至りました」
「犯人は誰なんだ」
 辻元は焦っているようだ。その気持ちは土橋にも解った。
「慌てないでください。でもそれだけではないのです。金に困った滝沢誠は学生時代の後輩を頼ります。徳田です。しかし彼は条件を出しました。妻と娘を差し出せと言ったのです。当然、滝沢誠は断りました。そこで徳田は直接、綾子と接触しました。綾子は夫のため、徳田の申し出を受けました。綾子は徳田に買われたのです。恐らくナイフはこの時に手に入れたのでしょう」
「何て事を……」女性刑事は拳を震わせていた。綾子も苦しんでいたのだろう。
 辻元も怒りに震えているように見えた。震えた声で言葉を紡いだ。
「どこでそんな情報を?」
「綾子の日記です」
「日記?そんなものどうやって手に入れたんだ?」
「それは今は言えません。まずは話を聞いてください」
 辻元は頷いた。
「話を続けます。綾子と同じように徳田は結衣にも接触しました。父を思う娘は母と同じように申し出を受けました。娘を気に入った徳田は何度も何度も結衣を買いました。このことは最初、綾子も知らなかったと思います」
「下劣な……」
 辻元の顔が紅潮する。その場にいた者すべてが辻元と同じ気持ちだっただろう。
「滝沢誠はその事実を知りました。自分のせいで妻と娘が辱めを受けた。もしかしたら徳田が自分から話したのかもしれません。徳田は滝沢誠を嫌っていたようですからね。滝沢誠の悲しむ顔が見たかったのでしょう。事実を知って滝沢誠は、気が狂いそうになったでしょう。そこで彼はある計画を練った。それが成功すれば妻と娘は苦労することがなくなるはずだ、と信じて」
「まさか……」
「そう。滝沢誠は自殺したんです」
「まさか!そんなことは不可能だ。背後から刺されていたんですよ!私は現場に行ったんだ。間違いありません」
「振り子です」
「振り子?」
「重りを付けた振り子にナイフを付けたのです。激しく振り子が揺れる中で、自分を椅子に固定した。タイミングを計り、振り子の軌道上に首を出した。結果あのような姿になったのです」
「そんな振り子はなかったぞ」
「恐らく綾子が片づけたんでしょう。帰宅した綾子は夫の死体と道具の処理を指示した手紙を見つけた。綾子はその指示通りに道具を片づけ、ナイフに指紋を残した」
「なぜそんなことを?」
「綾子に疑いの目を向けるためです。疑われても綾子にはアリバイがある。そして綾子を調べれば必ず徳田に行きつく。徳田を犯人として捕まえさせる。滝沢誠はそう考えたんでしょう。当日も徳田を家に呼んでいます。徳田が家の近所で目撃されるだけで証拠は十分です。でも運悪く徳田は来なかった。徳田は疑われはしたが逮捕できる程の証拠は揃わなかった」
「しかし、その自殺はそんなにうまくいくものなのか?」土橋が聞いた。
「恐らく何度も練習したのでしょう。首の打撲はその時のものだと思います。滝沢誠の懸念はそのことよりも死亡時刻を正確に判断してもらう必要があったことです。真夏の暑い夜、死体の痛みは早いはず。死亡推定時刻の範囲が広くなってしまったら、綾子が帰ってきた時刻と被ってしまうかもしれない。それを防ぐためにエアコンをつけた」
「確かに現場に駆けつけた時、部屋は寒いくらいだった」辻元は当時の様子を語った。
 土橋は当然の疑問を口にした。
「崎本くん。証拠はあるのかい?」
「物証はありません。しかし、自殺ならばその後の綾子、結衣の行動が説明できるんです」
「行動?」
「復讐の為の逃亡ですよ」
「やはり犯人は綾子だということか?」
「綾子が犯した犯罪は戸籍の売買と放火です」
「放火……」
「三年前の放火は綾子の犯行です」
「なぜ三年前だけなんだ?」
「真犯人はその時入院していたからです。犯人が動けなかったために綾子が動いてしまったんです」
「ということは……、その犯人は……」
「結衣です」
 辻元と女性刑事は同時に大塚を見た。明は二人を睨み付けた。
「奈々は結衣ではないと言ったでしょう!」
「しかし明くん。指紋が一致しているんだよ」
「一致したのは奈々ではありません」
「は?」
「あのケースに触ったのは奈々だけではない」
「上杉だと言いたいのかい?」
 女性刑事の名前は上杉というようだ。
「いいえ」
「では誰なんだ?」
「明?まさか……」
 大塚が土橋の腕を激しく掴んだ。足に力が入らなくなってしまったようだ。
「そう。僕だよ。僕が滝沢結衣だ」
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