四章 8

文字数 3,380文字

 三人は警察署の近くにあるファミリーレストランに入った。
「自己紹介は必要ないかもしれないが」
 そう言って土橋は懐から名刺入れを出した。
 それを制して、明は財布から土橋の名刺を取り出した。
「ああ、もう持っていますから大丈夫です」
「どうしてそれを?」
「徳田教授の元奥さんから借りました」
「なるほど」
 確かに梨香子と奈々が言うように、崎本明という青年、かなり頭は切れるようだ。
「土橋さん、徳田教授が殺された夜、彼に会っていますよね?」
「どうしてそれを?」
「すいません。その部屋、盗聴していたんです。学長からの依頼で」
「堂明大学の学長かい?なぜ?」
「土橋さんも知っていると思うけど……。教授の趣味は学校の名誉を汚します。それで学長は僕らに真偽を確かめるために調査を依頼したんです」
「君たちは一体……」
「僕らは学内唯一の調査機関『ミステリー・サークル』です。学校からの調査依頼は初めてですけどね」
「『ミステリー・サークル』?オカルトみたいな名前だな」土橋は軽く笑った。
「そう思って入部してきた奴もいますけどね」
 明と奈々は見つめ合って笑っている。恐らくその勘違いして入部してきた人を思い浮かべているのだろう。――この二人は付き合っているのだろうか?
 ウエイトレスは会話が途切れるタイミングを見計らったかのように、注文したものを持ってきた。土橋はコーヒー、明はコーラ、奈々はチョコレートパフェとフライドポテト。奈々は嬉しそうにポテトにパフェのアイスを付けて食べ始めた。
 土橋は顔をしかめる。明と目が合った。明は“うんうん”と頷いている。恐らく「気持ちは解ります」と言いたいのだろう。
 一向に本題に入る気配がないので、土橋は咳払いを一つして切り出した。
「俺は何を協力すればいい?」
「まずは話を聞かせてください」
「解った」
「教授と会った後、外で待っていたそうですが、それはなぜ?」
「聞き忘れたことがあったんだ。でも、徳田は生徒と会っていた。だから外で待っていたんだ」
「生徒が帰った後、部屋に行ったんですか?」
「いや……。そこで何が行われているか知っていたから……。直後にまた入る気にはなれなかった。だから徳田が出てくるのを、その後も待っていた」
「でも出てこなかった」
「ああ、そこで諦めて帰ったんだ」
「生徒が出てきてから、どれくらい待っていました?」
「三三分だ」
「正確ですね」
「癖でね」
 土橋の表情が思わず緩む。先程も辻元に同じことを言われたばかりだからだ。
「『全教館』の外からは正門がよく見えますよね?人の出入りはありましたか?」
「学生が何人か出ていったが、入ってきた者はいない」
「ということはやはり内部犯かな」
「そうとは限らないんじゃないか?出口なら他にもあるだろう」
「いいえ、ありません。ご存じの通り、堂明大学は小高い山の中腹に建っています」
 確かに堂明大学は斜面に建てられている。徳田と会う前に歩いてみたが、とにかく坂が多い。『サークル館』に至っては崖と言っても遜色ない場所に建っている。
「敷地の周りは高い塀に囲まれています。まるで刑務所ですよ。それには理由があって、アメリカで起こった銃乱射事件の直後に建てられていますから、防犯を意識したんでしょう。さらに入り口は一つだけ。しかも見晴らしのいい場所にある。ほぼ大学内のどこからでも正門が見える。不審人物が大学内に入るとすぐ解るようになってるんです」
「なるほど。でも俺が帰った後に出ていったかもしれないぞ」
「その可能性はないとは言えませんが、殺人を犯したらすぐにそこを離れたくなるのが人情ではないでしょうか」
「まあな。人情のある犯人ならいいが……」
 土橋は言いながらおかしな言い回しだと思った。人情のある人間が殺人を犯すだろうか。
「部屋に証拠は残っていなかったのか?」
「解りません。あっても警察が持っていってしまったでしょうから」
「不思議なんだ。警察は梨香子さんの事件のことしか聞いてこなかった。徳田の部屋には俺の名刺があったはずだから、疑われると思っていたのに」
「確かに、不思議ですね。僕が現場に入った時には名刺はありませんでした」
「ということは犯人が持ち去ったのか?なぜだ……」
「解りません……」
「だろうね。殺害時の状況を説明してくれないか?」
 明は詳しく説明してくれた。かなり凄惨な現場だったようだ。そんなに徳田が憎かったのか。土橋はふと思った。――似ている。
「どうかしました?」
「四年前の山口直人の刺殺事件に似ているんだ。彼は裸で殺されており、男根を切られていた。男根は犯人に持ち去られている」
「持ち去った?犯人が?」
「ああ、理由は解らないが、その場に切られた男根はなかった」
「確か、殺害現場は町外れの廃工場でしたよね。新聞で読みました」
「人気のない場所だったから目撃情報はほとんどなかった。でも一つだけ、現場近くで血相を変えて走っていた男性が目撃されている」
「教授の殺害と何か関係があるのかな……。奈々はどう思う?」
「ん?」
 奈々はパフェを食べるのに夢中になっていたらしく、話を聞いていなかったようだ。
 明が丁寧に説明している姿は、勉強を教える家庭教師のようだ。
 説明を聞き終えて奈々は言った。
「関係あるよ。殺される前の状況も一緒だよ。きっと」
「どういうこと?」
「裸ってことは最中だったんだよ、きっと」
「最中?」
「……エッチの」
 奈々は恥ずかしそうに俯いてしまった。
「そうか!」
 明は何か閃いたようだ。
「だから持ち去ったんですよ」
「どういうことだ?」
「エッチの最中もしくは、後に殺されたとすると、あれについちゃってますから。DNA鑑定されたらおしまいです」
「なるほど。ということは、犯人は女か?」
「でもその目撃情報も関係ないとは言えない気がするんですよね。ただでさえ人気のない場所なのに」
「共犯か?」
 ここでも男と女の共犯の話が出てきた。――犯人はずっと男と女のコンビで犯行を行っているのだろうか。
「でも、もう一つ可能性はあるんじゃない?」
 奈々は首を傾げながら言った。
「何さ」
「その血相変えて走っていたのが犯人で、その人とエッチしてたのかもよ」
「ゲイってこと?」
 奈々は頷いた。確かに考えもしなかった。
「そんな馬鹿な」
 明は奈々の言に同意してはいないらしい。
「でも梨香子さんみたいなパターンもあるじゃない」
「まあ、そうだけどさ」
 疑問に思って土橋が口を挟んだ。
「何で梨香子さんが出てくるんだ?」
「ああ、梨香子はバイセクシャルなんです」
「バイ……なんだって?」
「バイセクシャルです。男も女もオッケーな人です」
「梨香子さんがそうなの……か?」
「はい」
 女には色々な面があるものだ。土橋は改めて感心した。梨香子からは女子大生とは思えない色気が漂っていたことは間違いない。その色気は男女問わずに愛するというミステリアスさから来ているのだろうか。
「そういえば、梨香子さんも事件の関係者よね。確か二年前と去年。殺される前に話してくれたわ」
「あ!」明と土橋の言葉が被った。
「犯人は次々に関係者を消しているのかもしれない」
 土橋は答えを見つけた気がした。そして同時に呆然となった。もしそれが事実なら、次に狙われるのは自分自身かもしれない。
――それにこの娘も危ない。
 いや、奈々が犯人ならその心配もない。しかし、皮肉にも土橋自身が奈々は犯人ではないということを証明している。
 奈々の表情を伺ったが、全く乱れはなかった。むしろ笑顔を浮かべている。――何を考えている。自分の過去はバレていないと思っているのだろうか。
 土橋は目の前の女子大生が得体の知れないものに思えてきた。
 その後、土橋は田中梨香子殺害現場の状況を細かく説明した。明は熱心にメモを取っていた。見せてもらったが、見事に要点を掴んでいた。
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