四章 6

文字数 1,245文字

「土橋さん、確認したいことがあります」辻元は取調室に戻ると、間髪入れずに言った。
「何ですか?」
「大塚奈々さんに会ったことは?」
 そう言うと、辻元はパイプ椅子に腰掛けた。
「ありません」
「ではなぜ彼女のことを知っていたのですか?」
「……」
「質問を変えましょう。あなたが田中さんから依頼されていたのは、七月二五日の殺人事件についてですか?」
 土橋は目を見開いた。この刑事は鋭い。
「やはりそうなのですね。五年前の名古屋。そして四、三、二、去年は堂明。確かに偶然にしては出来すぎだ。それを調べる過程で彼女の存在を知ったのですね?」
「はい……」
「大塚さんは犯人ではありません。少なくとも田中さんを殺してはいない」
「そうですか……」
「土橋さん、あなたがその証人です」
「はい?」
「昨夜、駅前で誰かとぶつかりませんでしたか?」
「……そういえばぶつかりました」
「それが大塚さんです。つまり彼女に犯行は不可能です」
「あの人が……」
 彼女じゃないとすると犯人は誰だ。単純に梨香子に恨みを持つ者の犯行か。土橋は考えた。いや、徳田殺しと梨香子殺しは同一人物の犯行に違いない。
 梨香子は何かを土橋に伝えようとしていた。“もう一人心当たりが”――犯人に近付きすぎたために殺されたのだろう。
「土橋さんは今回の田中さん殺害と過去の事件、同じ犯人だと思いますか?」
 辻元の言葉に土橋の推理は中断された。
「わかりません。でも、無関係ではない気がします」
「なるほど……」
「ただ……、徳田と梨香子さんを殺したのは同じ人物だと思います」
「その根拠は?」
「大胆かつ繊細な犯行スタイルがよく似ています」
「それだけですか?」
「いえ、これは俺の想像ですが……、凶器が同じなのでは?」
「同じかどうかは解りません。ただ、同じ種類であることは間違いないと思います」
「やはり。でもいいんですか?民間人の俺にそんなこと話して。俺は容疑者候補でしょ?」
「あなたは犯人ではありません。それに事件解決に貢献してくれそうな気がしたんです」
「俺が犯人を捕まえたら警察のメンツは丸潰れですよ」
「早期解決できるなら面子なんてどうでもいいことです。あくまで私個人の考えですけどね」
「辻元さん、俺はあなたに三年前の事件を担当して欲しかったですよ」
「私もですよ」
 辻元の表情が一瞬曇ったような気がした。土橋の気のせいだろうか。
 突然、携帯電話の着信音が鳴った。辻元の携帯だ。辻元は「失礼」と言って電話に出た。
「もしもし。ああ、明くんですか。どうしました。え?はい、そうですけど……。目撃者?そうですか。部下を行かせます。え?なるほど、それが狙いでしたか。解りました。元々任意での取り調べですから、すぐに解放するつもりでしたよ。ではまた」
 電話を切るなり、辻元は言った。
「土橋さん。お帰りいただいて結構です」
 
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