五章 15

文字数 2,042文字

 携帯電話の着信音で起こされた。
「もしもし」土橋は眠い目を擦りながら電話に出た。
『ああ、俺だよ。起きてたか?』
「いえ、あ、ああ、起きてましたよ。」
『嘘つけ。寝てただろうが。もう一○時過ぎだぞ』
 少し脳が起きてきた。電話の主は山さんだ。昨夜は資料を探しているうちに寝てしまったらしい。
「すいません。昨日寝るのが遅かったので。山さん、どうしたんですか?」
『どうしたんですかじゃねえよ。お前が調べてくれって言ったんだろうが』
「何か解ったんですか?」
『解った。店長がすべて吐いた』
「どうでした?」
『浮気を認めた。あの日は間違いなく二人で呑みに行った。そして二三時に別れたそうだ。呑んでいた場所も解った。常連らしくてな。そこのマスターが覚えていた。そこから現場まで二○分はかかる。犯行は無理だな。その後、男は一人でラーメンを食べている。まだレシートを持っていたよ。疑われた時にアリバイになると思ってずっと持っていたそうだ。それからホームレスだが。神に誓って嘘はついていないと言っていた。いくらか金を握らせたけど、絶対に嘘はついていないと繰り返すばかりだった。多分それが事実なんだろう』
「そんな馬鹿な!」
『振り出しに戻ったな。でも面白いことも聞いた』
「何ですか?」
『富美が店長と会う時はいつも娘に“母は疲れて二階で寝ている”と言わせていたらしい。勇は帰宅するとしばらく二階には上がらない。だからその間に富美は外に取り付けられている非常用の梯子を上って、ベランダから二階の寝室に入っていたらしい』
「じゃあ、あの日も?」
『ああ。いつも最後に勇が帰ってくる。だから勇のために玄関の外の電気はつけてある。勇はいつもそれを消してから家に入るらしい。つまり電気が消えていれば勇は帰宅しているということだ。富美はそれを目印にしてベランダから入っていたようだ。あの日も電気が消えていたんだろう』
「頭のいいことだな」
『悪知恵ってやつだ。しかし、事件後富美は店長と別れている。勇が死んだのは自分が浮気をしたせいだと言ってな。かなりヒステリックになっていたらしい』
「忘れるために名古屋を出たのでしょうか?」
『かもな……。しかし、これで娘の証言がなぜ矛盾していたのかが解ったな』
「そうですね。こちらも動きがありました」
『そうか、なにがあった』
「自分は七月二五日事件の犯人だと名乗った男がいました」
『な!じゃあ、解決じゃないか』
「いえ、彼は一○年前と五年前の名古屋の事件には触れていなかった。それに彼は、四年前から二年以上海外にいました。犯人であるはずがない」
『嘘か……。なぜそんな嘘を?』
「解りません。何かを知っていたのかもしれません。でももう手遅れです」
『なんだって?』
「その男は死にましたから」
『なんてこった……』
「どちらにしても今日は七月二五日です。もうこれ以上殺させません」
『そうだな。何か解ったら連絡してくれ』
「解りました。ありがとうございました」
 そう言って電話を切ろうとすると、山さんがまだ何か言っている気がした。
「何です?よく聞こえませんでした」
『お前、崎本って知ってるか?』
「はい。一緒に事件を調べています」
『今朝うちに来てよ。五年前の事件のことを色々聞いていったよ。お前の知り合いだっていうから色々と話してやったんだ』
 明は名古屋に行っているのか。名古屋で何を調べているんだろう。
「ありがとうございます。彼は何か言っていましたか?」
『お前が行ったヤクザの事務所の住所を聞いてきた。後は事件のことだけだ。お前にも話したことだけだよ』
「ありがとうございました。また連絡します」
『ああ、待ってるぜ。スクープだからな』
 電話を切って改めて腕時計を見ると、確かに一○時を回っている。昨日は何時に寝たのかよく覚えていないが、もう眠気は感じない。
 土橋は自分に毛布のようなものが掛けられていることに気が付いた。いつも車の中に置いてある毛布だ。昨日無意識のうちに持ってきたのだろうか。
「明はどこにいるって?」
「え?」
 声の方を振り向くと、大塚が本棚の方を向いてファイルを見ていた。
「いつの間に!」
「いつの間にも何もずっと前から居たわよ」
「これも君が?」
 土橋は毛布を持ち上げて聞いた。
「大の大人がお腹を出して寝ているからよ」
「すまない……。いや、ありがとう」
「いいえ。それで明はどこに?」
「名古屋に行っているようだ。何を調べているかは解らないが」
「明も頑張っているのね。あたし達も頑張らなきゃね」
「そうだな。ちょっと顔洗ってくる」
 土橋は洗面所に入って顔を洗った。おかげで頭もすっきりした。
「絶対に誰も殺させない……」
 鏡の中の自分は復讐の鬼ではなくなっていた。
 
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