四章 3

文字数 1,120文字

「あなたが仰っていた大塚奈々さん。確かに堂明大学の学生でした」

 そして今朝、辻元は先の言葉を淡々と言った。
「今、署に来てもらっています」
「じゃあ、俺は出られるんですね?」
「まだ無理です」
「な!」
「大丈夫ですよ。今日中には帰れますから」
「そんな!時間がないんだ」
「時間?何の時間ですか?」
「……それは言えません」
 土橋は辻元から目を反らした。目を見ていると見透かされそうな気がしたからだ。
「土橋さん、あなたが警察を信用していないことは知っています。ですが、あなた一人で何ができます?」
「あんた、俺の過去を調べたのか?」
「当然でしょう。一応、容疑者候補ですから」
「確かに……。犯人は何か痕跡を残していないんですか?」
「過去の?それとも田中さんの?」
「田中さんのです!」
 土橋は思わず大声を出した。辻元は「まあまあ」と両手を動かす。
「犯人の痕跡はありません。ただ……」
「ただ?」
「他の痕跡もないんです」
「他の痕跡って?」
「例えばこれ」
 辻元は名刺を“ぽんぽん”と叩いた。
「この名刺には田中さんの指紋しか付いていなかった」
「そんなはずはないですよ。俺の指紋も付いているはずだ」
「ところがないんです。もう一つは足跡です。現場にはあなたの足跡しかなかった。田中さんのヒールの跡もなかったんです」
「ということは……」
「そう。犯人が自分の足跡を消す際に田中さんの足跡も消してしまったんでしょう。その上をあなたが歩いた。もしあなたが犯人なら余りに中途半端だ。それに凶器も見つかっていない」
「そこまで解っているなら俺を帰してください」
「上はそこまで計算して、裏をかいたと言っています」
「そんな、無茶苦茶な」
 土橋は三年前、警察に犯人扱いされたことを思い出した。――奴らは犯人が誰であろうと、捕まえることができればそれでいいのだ。
「田中さんが刺された時、あなたと電話していたんですよね?」
 辻元は土橋の言を無視して続けた。
「はい。明らかに電話の向こうで襲われていました」
「携帯電話ですか?」
「……?もちろんですよ」
「その携帯電話も現場にはありませんでした。犯人が持ち去ったんでしょう。通話記録から、電話が切れたのは一八時四四分。あなたが遺体を発見したのは?」
「一八時五二分です」
「正確ですね?」
「一応、探偵ですから。何かある度に時計を確認する癖がついてるんです」
「なるほど」
 そう言って辻元は立ち上がり、出口に向かって歩き始めた。
「辻元さん!」
「大塚さんに話を聞いてきます」
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み