二章 6

文字数 1,706文字

 授業の合間を縫って話を聞くのは、やはり大変だった。奈々の授業がない時間なら相手の教室を訪ねればいい。でもそうでない場合は休み時間に会うしかない。しかし、広い大学内で一人の人間を見つけるのは至難の業だった。授業をサボれば解決するが、奈々は女手一つで育ててくれた母に申し訳なくてそれは出来なかった。
 仕方なく昼の休み時間に探すことにした。四年生はほとんどこの時期には学校に来ないため、探している人物は一人でいる可能性が高かった。奈々は学生食堂を眺めた。――居た。
 一番角に一人で座っている女性、山田幸子だ。奈々は幸子の正面に腰掛けた。
「幸子さん?」
「はい……」
 不安気に顔を上げた幸子は真面目そうで、とても徳田に身体を差し出すような女性には見えなかった。幸子は四年生だが、他の生徒とは違って、就職は決まっていない。そして単位は足りている。――ではなぜ?
 見た目は美人とまではいかないが、背は低く色白で、可愛らしい印象を与える女性だ。フレアスカートがよく似合っている。
「警察に何を聞かれたんですか?」
 幸子は驚いて周りを見た。周りの女性達はおしゃべりに夢中で、誰も二人の会話には興味を示していない。
「徳田教授との関係についてですか?」 奈々は気にする様子もなく続けた。
「ど、どうしてそれを」
「徳田教授から聞いたといったところでしょうか」
「教授から……、まさかあなたも?」
 奈々は苦笑いが顔に出ないように気をつけた。あんな変態に抱かれるのを想像しただけでも吐き気がする。
「いえ。あたしはあなたに聞きたいことがあっただけです」
「そうですか……」
「あなたは一昨日の夜、どちらにいましたか?」
「家に……いました」
「それを証明できる人は?」
「いません……」
「警察は何て?」
「それは困ったと。指紋を取られました。また来るとも言っていました」
「あなたが殺したの?」
「そんなことしません!」
 突然幸子が大声を上げたので、周りの視線が集中した。奈々は周りに目配せして“なんでもない”という意志表示をした。
「落ち着いてください。あたしは本気であなたを疑っているわけではありません」
「でも……、警察の人は私を疑っているようでした」
「質問を変えます。なぜあなたは徳田教授と関係を?何か弱みでも握られていたのかしら」
「それは……」
「もしかしたらあなたの力になってあげられるかもしれないわ。そのために正直に話して?」
「好き……、だったから……」
「好き?徳田教授を?」
 幸子は頷いた。奈々の趣味では理解できないが、そういう変わり者がいても不思議はないだろう。
「でも……、あの人私の他にも何人も何人も……」
「徳田教授を憎んだ?」
「でも、私はやってない!やってないの!」
 幸子は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。周りは完全に二人に注目している。そして口々に身勝手なことを言い始めた。一昨日、自分達の大学の教授が殺されたのだ。生徒達も敏感になっているようだ。
「ここを出ましょう」
 奈々は幸子を食堂から連れ出した。人気の少ない場所でベンチに腰掛けた。
「幸子さん、一つ約束してほしいの」
「はい……」
「あたしに嘘はつかないで?もし正直に答えてくれたら、あたしはあなたの味方になるわ」
 幸子は力無く頷いた。
「あなたは徳田教授と関係があった」
 幸子は頷く。
「教授が複数の女性と関係があることを知り、ショックだった」
 震えながらわずかに頷く。
「でも教授を殺してはいない」
 力強く頷く。
「一昨日の夜は家に居た。しかしそれを証明出来る人はいない」
 二度三度即座に頷く。
「解ったわ。携帯の番号を交換しましょう。何かあったら電話して?」
 二人は番号とアドレスを交換した。落ち込んだ様子の幸子を励まして、奈々はその場を離れた。
 何も食べていないのでお腹が空いていたが、それ以上に気になることがあった。
 彼女は嘘をついている。奈々にはそう思えてならなかった。
 
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