五章 13

文字数 1,600文字

 絵里子に執拗にディナーに誘われたが、固辞して店を出た。
 明は携帯電話を取り出して、土橋にかけた。
『はい』
 心なしか疲れているような声だった。
「明です」
『ああ、崎本くんか。今何してるんだ?』
「徳田の元妻に会ってました」
『ん?どうして今更?』
「気になることがあって。でも苦労して会った甲斐はありましたよ」
『ほう。なんだい?』
「犯人がナイフに拘っている理由が解った気がするんです。滝沢誠の殺害に使われたナイフは、徳田が趣味で持っていたナイフである可能性が高いことが解ったんです」
『なんだって?では徳田が犯人なのか?』
「いえ。徳田にはアリバイがありました。犯人ではありません。警察もそう判断しています。徳田はナイフを買春の際に無くしたようなんです」
『犯人は徳田の相手ということか?』
「恐らく。土橋さんは今何してるんですか?」
『実家だ。と言っても黒焦げだけどね。こちらも面白いことが解ったよ』
「聞かせてください」
『すべての被害者が何かしらの繋がりを持っていることが解った』
「え!!」
『谷口一郎――君はもう解っていると思うけど、俺の親父だが――は滝沢の会社を買収した谷口ファンドの社長だった。滝沢は買収後、社長職を更迭されている。
 岩槻勇は親父の会社の専務取締役。滝沢の事件後、会社を辞めている。
 山口直人は常務取締役。同じく事件後、会社を辞めている。
 親父の会社の資料からクラブの領収書が大量に出てきた。それは佐藤良枝が雇われていたクラブだ。良枝の名刺も出てきた。頻繁に通っていることから、恐らく良枝は親父のお気に入りだったんだろう。娘の真奈美とも会ったことがあるのではないかと思う。事件後、良枝はそのクラブを辞めて、新しくオープンするクラブのママになった。経理資料から、親父がそのクラブに投資していることも解った。
 谷口、岩槻、山口の三人は直接、滝沢の会社買収に関わっている。良枝と真奈美がどうだったかはまだ解らない』
「恨みか……」
『ああ、俺たちはもう少し資料を調べてみるよ』
「俺たち?」
『すまん。言い忘れた。大塚さんが手伝ってくれてるんだ』
「そうですか。でもあまり遅くならないようにしてあげてください」
『解ってる』
 やはり被害者に繋がりがあったのか。明はもしかしたらと思っていた。しかし、良枝と真奈美の存在がその推理の足を引っ張った。二人はまるで無関係に思えたからだ。――その二人も繋がっていた。
 彼らを憎んでいる者がいるとすれば、一番は滝沢の妻――綾子――だろう。
――綾子はいまどこに?
『崎本くん、どうした?』
「あ、すいません。考え事をしていて」
『大塚さんのことなら心配はいらない。俺が責任を持つから』
「いえ、違うんです。恨みだとしたら、やはり彼女が犯人なのかな?と思いまして」
『綾子か?』
 土橋も同じ考えだった。
「はい」
『……梨香子さんは知っていたのかもな?』
「梨香子が?」
『ああ。彼女が死ぬ直前のことだけど、五年前に名古屋から堂明に引っ越して来た者に心当たりがあったみたいなんだ』
「え?今何て?」
『いや、だから。“もう一人心当たりが……”って』
「梨香子がそう言ったんですか?」
『ああ』
「……」
『どうした?』
「……」
『崎本くん?』
「すいません……。奈々に替わってもらえませんか?」
『……ああ、解った』
「……」
『明?』
「奈々……」
『どうしたの?』
「明日、行かなければいけない処ができた。だからしばらく連絡できないから……」
『もしかして犯人が解ったの?』
「多分ね……」
『明?あ!』
 明は電話を切った。顔が青ざめていくのが解った。
――犯人はまさか……。
 
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