三章 11

文字数 2,243文字

 土橋は一四時近くになり、昼食に味噌煮込みうどんを食べた。最初、麺が固くて食べられたものではないと感じたが、慣れてくるとそれが癖になってきた。しっかりと煮込まれた味噌は濃厚で、固い麺はそれに見事にマッチしていた。
 その後、再び新聞社を訪れた。山さんに呼ばれたからだ。社会部のオフィスに入ると、すぐに山さんが手招きしているのが解った。小走りに駆け寄ると、山さんは得意気に言った。
「調べてやったぜ。感謝しろよ」
「ありがとうございます」
 土橋は素直に頭を下げた。
「通報してきたのは女だ。内容から察するに犯人だな」
「犯人はやはり女ですか」
「やはり?あんた解っていたのか?」
「いえ。もしかしてとは思っていました」
「でも俺は信じられねえな。あんなことを女がするなんて。岩槻はかなり背も高くて、がたいも立派だったらしいし、正面から刺されているからな。女がやるのは無理だと思うぜ」
「でも通報してきたのは犯人で、しかも女なんですよね?」
「ああ、共犯って可能性もある」
「なるほど……」
「それはひとまず置いといて、話を進めるぞ」
「はい」
「通報があったのは二三時二一分。現場近くの公衆電話からだ。電話が繋がると一方的に住所を伝えた後、早く行ってやらないと、ショックで娘が自殺するかもよ、と言って切れた」
「確かに犯人っぽいですね。でも不思議ですね」
「何が?」
「通報する利点はなんでしょう?娘は気を失っていたし、母親は部屋で寝ていたことになっている。うまくいけば朝までは時間が稼げたかもしれない。通報しても犯人に得することが何もないでしょう」
「そうなんだ。だから警察は通報してきたのは攪乱するためだ、と結論づけた」
「攪乱?」
「現場の様子から犯人は男だと思われた。しかし通報は女だ。単純に攪乱することが目的だったんじゃないかってことだよ」
「なるほど。共犯がいたのか、バイトを雇ったのか、どちらか……」
「ところがな。共犯には違いないが、もう一つ選択肢があるんだ」
「もしかして母親ですか?」
「そうだ」
 土橋は身を乗り出した。
「母親はな、浮気していたんだよ」
「浮気?」
「母親のパート先――ファミリーレストラン――の店長とできていたらしい。当時のパート仲間が覚えていたよ。店長には否定されたけどな。その日も二人で会っていたらしい。二人が腕を組んで店を出るのをその仲間が見ている」
「その事実と、娘が友人に漏らした母親不在の話。その二つが合わさると……」
「ああ。その二人が犯人って感じだろ?」
「実行犯が浮気相手で、通報者が母親。通報後に母親は二階に上がり、ベッドで寝たふりをする」
「その通り」
「動機は何でしょう?」
「大方、浮気がバレたから口封じってところじゃねえか?あるいは遺産目当てか。でも岩槻の財産は持ち家だけで貯金はほとんどなかったらしいからな。生命保険にも入っていない。財産目当ての線は薄いかもな」
「でも、母親と浮気相手が犯人だとしても、まだ疑問が残りますね」
「何だよ」
「娘の証言の矛盾ですよ」
「あ!」
「もしその推理が正しいとすると娘の証言が必要不可欠になります。ということは娘も共犯ということになる。共犯ならば証言が矛盾するのも当然だ」
「だな。当然警察は浮気事実も、事件当日二人で出かけたことも掴んでいただろう。娘の証言があったから警察は母親を容疑者リストから外した。三人が共犯ならすべて筋が通る」
 山さんは大きく頷いて「それで決まりじゃないか?」と言った。
 土橋は考え込んでしまった。
「何だよ。気になることでもあるのか?」
「我々でもここまで調べることができたんです。警察が気づかなかったとは思えません」
「まあ、確かにな。証拠がなかったからじゃないか?凶器も見つかっていないみたいだし」
「凶器はどこにあるのでしょう」
「家の中は調べられているはずだから、浮気相手が持って逃げたんじゃねえか?」
「その浮気相手のアリバイはあるんですか?」
「どうだろう。俺は決まりだと思っちまったから、そこまで調べてねえな」
「そうですか……。もう一つ気になるのは、ホームレスの証言です。彼は出て行った者はいるが、帰ってきた者はいないと言っている」
「そんなもんは金を握らせれば簡単だろ」
「確かにそうなんですが……」
「気になるなら、その二つ調べてみるか?」
「お願いできますか?俺は今日中には帰るつもりなので」
「堂明にか?何で」
 堂明から来たことは、昨日昼食を食べた時に話してある。
「今日は七月二二日。もうすぐ二五日ですから、また事件が起こるかもしれません」
「堂明で起こるってのか?」
「解りません。でも俺の推理が正しいなら、犯人は今堂明にいます」
「こっちのことは任せておけ。乗りかかった船だ。徹底的にやってやるよ」
「すべてが明らかになったら、山さんと岡田さんの手柄にして下さい」
「なんだよ。岡田と山分けかよ」
「それでも大スクープですよ」
「そうだな」
 山さんの目は輝いていた。希望を持った、未来のある輝きだ。土屋の言葉が頭の中でこだましていた。――復讐の先にあるのは『無』だけだ。
「山さん」
「何だ?」
「岡田さんを呼んでくれませんか?お二人に話しておきたいことがあります」
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