3-11選挙

文字数 1,650文字

  ナイスマンは母校や商店街に顔を出した。あまり馴染みない人たちが、まるで昔から親しかったように笑顔で迎える。御都合主義、いや、評価主義の世の中なので、それに準じたし、ナイスマンとなったからには歓迎されることに、注目されることに素直に喜んだ。
 「柄澤くんのことはよく覚えているよ。通学の時、ここ通ってたね。」
 「柄澤、同級生の田中だよ。覚えてるか?二年の時に同じクラスだったんだよ。」
 ナイスマンは全く覚えのない人たちに、人懐こい笑顔で「もちろん、覚えているよ!」と返事した。すると、相手は目を見開き、なにかとても素敵なものでも見つけたかのように喜んだ。評価がある人に認識されるということは、自分の価値が上がったような錯覚が起こる。本当は何も変わってないが、何か、得したような気がするし、その得た評価を保つためには、継続して応援せねばという気持ちになる。
 「期待しているからな、投票するからな!」
 目を見て握手すると、同じような返答を聞くことになる。ナイスマンは間近で評価されるという、良い認識を得られる、承認されるという実感に、恍惚とした喜びを感じ、それが表情に出て、握手したものも、喜んでくれたことに嬉しくなり、「いいね!」の循環、増幅が起こる。特別な時間を共有した証に、スマホで写真を撮り、SNSで拡散する。そこに「いいね!」が追加される。「いいね!」の循環「いいね!」の熱に絆されているが、ナイスマンは、まだ、何もしていない。政治家としての評価となる実績は何もないのだ。人間としての評価は、大きな企業を立ち上げて成功した実績はあるが、それが政治家になるのと、今は何も繋がっていない。しかし、ナイスマンにとっても、集まる支援者にとっても、それはどうでも良いことなのだ。選挙に勝てば、評価が上がり、その評価をあげた投票者も、勝ち馬に乗って、自己評価を上げることができる。常勝チームを応援するファンの心理みたいなものだ。そのことによって得られるのは、良い気分「いいね!」だけしかない。評価が巡るだけなのだ。
 ナイスマンは地元の基盤づくりを始めたわけだが、街をどうしようとか、行政をどうしようとかのプランは全くないし、尋ねるものもいなかった。回答演説の前に、自分の味方となる存在を確認しておけとエイプマンに言われていたので、ドブ板選挙、といってもドブ板など今の世の中にはないが、とにかく、一軒一軒を訪問して、自分が選挙に出ることをつげ、応援をお願いした。そこで自分の知名度が高いことを理解した。ニュースで取り上げられるので、テレビを見る高齢者も知っていたし、ネットニュース、SNSでも取り上げられていたので若い年代もナイスマンの事をほとんどが知っていた。エイプマンに聞いたが、中途半端なタレントでは知名度に偏りがあり、案外票が伸びないし、失敗することもあるらしく、タレント実業家的なポジションで、社会的にも関心が高いナイスマンは、実のところ選挙では使えると踏んでいた。だが、すでに大金持ちで、何もかも持っていたから出馬はしないだろうと思っていたそうだ。昨年末のドロー嬢との勝負やはーちゃんの自殺などネガティブなニュースも多かったが、有名人がわざわざ家まで来てお願いすると、迎え入れた人たちは、評価を入れ替える。「握手してくれた。案外、良い人だ。まあ、応援してやるか。」評価のある有名人から頼りにされる。あの有名人より立場が上。それは何の特にもならないが、間違いなく気分が「いいね!」になる。
 ナイスマンは、ドブ板選挙に本気で取り組んだ。こうやって握手することによって、自分の評価が高まっていくのが実感できたからだ。これこそが自分が求めていたものだ。人から良い人と評価され、歓迎される存在。どんどん増える「いいね!」評価にナイスマンは喜びにあふれていた。それに、評価が確認され、自信がついてきた。みんなの評価を集めて、それが正しかったと証明してやる。それが今するべきことだ!評価のためなら何だってする!
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