25

文字数 1,252文字

 「池上さん、「激しい嵐」はとってあるんだよ。あれは唯一のミリオンセラーで、俺たちの魂でもあるんだよ。それは大事だから、地方のライブハウスでは演奏しない。前みたいにホールでするまでとってあるんだ。もしくは、本当の最後のライブのアンコール用。ファンには言わないけど、この部分、ワールド郎で流して欲しい。」
 「まあ、散々演奏したから、もう、それいいやってのもあるんだよ。「激しい嵐」って強いから、他の曲が霞む。俺たちゃまだ、新曲も作ってるんだよ。それ聞いて欲しいし。代名詞って曲があるのは生活するのにはありがたいけど、ミュージシャンにとっちゃあ、邪魔なんだよ。他のことやっても評価されなくなっちまう。ダイスは懐メロバンドにはなりたくない。なった方が儲かるけど、その分岐点、何回もあったけど、俺たちは新しい道をいつも選んできた。だから、貧乏ロッカーなんだよ、ツアーバンのガソリンのためにTシャツの売り子しないとね。」
 旭川がここで耐えきれず下を向いて歯を食いしばる。やすひろとジョーは何か吹っ切れたように軽くなった。池上はその生々しさにやられた。ロッカーとファン、高齢と生活、足掻き続けた連中の行き着く先。
 「なんか、大事な、本当に大事なことを聞かせてもらいました。ありがとうございます。僕とは全く違うし、皆さんの重みとは違うけど、でも、応援します。僕はたまたま評価を持っています。それはお役に立てます。でも、ちょっと、思ったことがあるんですけど、聞いてもらえますか?」
 池上は、今言うべきか悩んだが、ここを逃すと言う機会がないと思ったので、勇気をもって切り出した。旭川は出しゃばる池上に対して厳しい視線を送ったが、池上は譲る気は毛頭なかった。正しいかどうかは別として、思いついたし、それをやってみたいとも思ったからだ。それが自分がこれまで勉強した、体験した、思い知ったことを活かせる方法だと、確信した。それが違えば、自分は猫ニートのキャラであと二年過ごし、金を蓄えて、数年間働かず過ごして、金がなくなった頃に農家を継ごう。しかし、違ってないはずだ。この考えが正しければ、いや、正しいのだが、それは評価を利用できる立場になれる。人類が火を利用した瞬間のように、自分が評価を金を作る道具にすることができる瞬間になるだろう。評価とは降って湧いて、消費されるものではなく、巧妙に作ることができ、利用できるものに違いない。それが空虚なものだろうが、偶発的な発生のような爆発力は期待できないが、継続的な評価、継続的な収入は作ることができるに違いない。池上はハイボールを一気に飲み干して、何が始まるか期待の視線を送るやすひろとジョーに向けて言葉を選び出す。
 「ダイスには、旭川さんのような熱烈なファンがいて、その人たちがグッズ購入やライブに通って支えている。それは3割ぐらいでしょうか?」
 やすひろとジョーは顔を見合わせて、どうしようかと思ったようだが、やすひろに判断は任される。
 「こっからは、流さないこと前提でいい?」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み