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文字数 1,343文字

 野良猫のワールド郎は生まれた時から愛情を知らない。住宅が多い街に近い方が生活しやすかったが、他の猫との争いを避けているうちに、人里離れた池上家の近くを寝ぐらとし始めていた。これまでは、このあたりは餌が無く、遠くまで餌を探して、何とか盗み食いをして恐れて山へ逃げる生活をしていた。ただ、最近は遠くまで行かなくても、コンタクトをとりたい池上によって餌が用意されている。じっと見つめる池上に初めは警戒していたが、池上は追いかけもせず、食べる間、じっと見ている。ほんの少しずつだが、池上の姿が大きくなっていた、つまり距離を詰められていたが、ワールド郎は慣れてきて、餌をくれる池上に対し、恐怖感を減らしていった。
 池上はワールド郎と距離を詰めようとする様子を日記がわりにユーチューブにアップし始めた。誰とも相談できない池上は、誰かが動画を見て、野良猫へのアプローチをコメントしてくれるのではと期待していたが「ワールド郎ちゃんねる」は閑散としたものだった。視聴回数は7回、チャンネル登録者数1は自分。毎日遠くからワールド郎が餌に近づく様子を撮って、ただそれを流していたが、誰にも相手にされない。ここでも孤独なのだと、絶望を感じていたが、もし、自分だったらこの動画を見るだろうか?と考えた。時間が有り余るほどある池上は、他の動画を見て、何があれば変わるか考えた。まずは、見て何が行われているか理解できないと、誰も見ようともしない。だからコメントを加えた。それに題をつける。そのままの映像では、素材であり製品になっていない。こんなことを生産と呼べるのかと思ったが、映像を作らなくてはならない。まずは映像編集ソフトを調べ、使い方を学びながら、視聴回数が多い映像の研究を始めた。動画を見ているときは、人は何も考えてない。目に見えるものだけに興味を示す。それだとメリハリが出ないから、曲も必要になる。注意喚起の効果音も必須だ。あとは時間だが、猫に近づくドキュメンタリーになるので、動きは多いようだが、少ない。同じようなコマ割り、動きがない様子だと飛ばされる。くだらないと思いながらも、ミニ四駆遊びのように熱中した。池上は頭脳明晰だった。小心者でなければ大手商社に勤めていてもおかしくなかった。動画作りの気をつけるべきことを列記し、それを演出に生かした。すると、ただ、野良猫を追いかける動画が面白くなってきた。また、毎日アップし、それが目に見えるようにレベルが上がってくるので「いいね!」の評価がついてきた。評価がつくと、視聴回数は増えていく、チャンネル登録者も、猫好きを始めに、ただなんとなく見ている人たちも登録が増えていく。評価が評価を生み、ひと月後には登録者数は七十人、「いいね!」は二百五十を超えた。池上は、これまでの人生、誰にも見向きされなかったが、ここで初めて評価を受けた。それも好意的な評価であり、世間が「ワールド郎チャンネル」を承認したことになる。池上は不思議な快楽を感じていた。相手にされないのが当たり前、その上、無視までされていた自分が、見ず知らずの人たちから歓迎されているのだ。ちなみに動画への初めてのもらったコメントは「ワールド郎ってワイルド郎の間違い?」と、どうでもいいものだった。
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