文字数 1,379文字

 池上は、まず生活保護の生活を止めることに決めた。昨年の東日本の大地震で被害にあって困っている人が多くいて、そこに税金が注ぎ込まれる。国庫の金も無尽蔵ではないから、せめて、自分に流れている量だけでも減らすことができればと考えた。同じ日本で苦しんでいる人がいるが、寄付ができるほど生活に余裕はないし、ボランティアで助けに行くにも西日本に住んでいる自分には遠すぎる。それに、無理やり直接関与することは、救済にならないのではと思ってしまう。現地に行ってスコップ持って泥かきした方が、炊き出しの大根切った方が、家に余っている毛布をかき集めて車に乗って配りに行く方が役に立つような気がするが、実際は、食料が足りないところに応援に行ったところで、自分も食わなきゃならないし、排便だってする。人が活動するということは、消費が付いて回る。このモノ余りのご時世なのだから、物資などはすぐに落ち着く。現地に行くことで、ボランティアした方が何らかの満足感を感じるだけで、受けた方も、まあ、確かにありがたいが、それよりも今後の生活の方が心配になるだろう。今後の心配とはお金に他ならない。だったら、自分に流れている国からのお金を止めた方が、直接ではないが、確実に、日本全体で考えれば、良い方向になるだろうと考えた。これは「国を治め、民を救済する。」という経済という考えに合致する。池上は考えることによって、経済という思想を得た。思想を得ると、些細なことが気にならず、まず、全体を見渡し、何が問題で、どう解決してくか落ち着いた気持ちで考えられるようになった。
 いままでの経済への勉強は、社会の中に入れない劣等感を学習で埋め合わす、いわば、人生における言い訳だったのだが、仲間を失い、考え直す時間を経て、世界を見るきっかけを得たことで、これまでの勉強が絵空事ではなく、ドキュメンタリーとして池上の頭の中で繋がっていく。これまで実社会と経済学は、別の回路として、シナプスは行き来してなかったが、生活保護を世のために抜けようという考えが、自分が世界に属していたことを自覚させ、自分と世界のシナプスが繋がり、世界と知識が実社会として繋がり始めた。
 全体が見えてくると、池上は自分の情報、立ち位置を鑑みることができた。・二十五歳・国立大学卒・巨漢のニート・基礎学力は高かったが、極度の人見知り、超小心者なので、社会に関わることが難しい。・趣味はミニ四駆。・経済に興味があり、その勉強を独学で行なっている。・人生はまだ、始まっていない。しかし、このままだと確実に終わってしまう。
 自分のことが見えてくると、これまでの間違いに気がつく。まず、消費者団に入っていたことが間違いだった。団長の茶谷は四十才のニートで自分の生活保護と祖父の年金をかき集めて人より良い生活をしようとしていた、経済的にはクズだった。あとの団員も年上で、働きもせず、社会から自ら外れた、いや、馴染めなかったのかもしれないが、とにかく、向上心もなく、自らが否定された社会に縋ろうとする弱い人たちだった。前途がある自分が引っかかる相手ではなかったのだ。だが、属していた自分が彼らを責めることは出来ない。だから、そっと思い出に変えていこう。池上は否定することで前進するきっかけを得たし、否定された人たちを気遣う優しさも得ることができた。
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