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文字数 1,336文字

 ワールド郎の視聴数は伸び悩み、アップロードも毎日ではなく、二週間に一回程度となった。ワールド郎は池上の膝の上に乗るようになったし、康弘にも懐くようになった。家に自由に出入りしていたし、すでに池上家の一員となっていた。池上も一人小屋から母屋に出入りするようになっていた。働いてもないのにと思われそうだが、康弘がワールド郎チャンネルのチャンネル登録者になったいた。これは偶然だったが、康弘は息子に言い出せなかった。母親は池上の通帳に振り込みがあることを知り、そっと息子に聞いた。ネットでお金が入るようになった。とだけ伝えると、母親は満足げに「やっぱりあなたはやれば出来る子だったわね。年明けたら確定申告しなさいね。そういう金額になっているから。」と嬉しそうに微笑んだ。池上は一歩踏み出してから、これまで見失っていたものを取り戻していた。そうなると、この継続が必要となる。収入がある状態であれば、隠すべき存在とはならない。軒下の小屋はすっかり居心地がいいし、ネット制作の環境も整っている。ワールド郎も仲間になった。親子関係も良好で、自信がついたので、以前のような小さな声で話すこともなくなってきた。
 そうこうしているうちに年が明けた。2013年が始まった。去年の春先に死ぬ思いをしたが、生きていると、年が終わる頃に生き返るような思いができた。池上は、味と匂いのないカレーを食べ続けるような、絶望な連続にいたが、今は、その輪から外れることができた。お正月には両親と弟にお年玉を渡した。こんなことになるとは思ってもいなかった。ワールド郎には高い鰹節をあげた。人に施すということがここまで心地よいとは思ってもいなかった。
 だが、一月の動画サイトからの振込額はぐっと減っていた。来月はもっと減るだろう。収入の上下は不安になる。社会人が安定を求める意味がよくわかる。それに、収入が発生したことで、自分で払わなくてはならないものが多いことを思い知らされた。健康保険、国民年金、市民税など。多くお金が入れば、出ていくのだ。わかりきったことだが、非常に面倒な気もした。サラリーマンならば、勝手に会社がやってくれるだろう。しかし、それは、なにか放棄したようで、奴隷志願者のように見えもする。ただ、奴隷は案外楽だ。命令聞いていれば死ぬことはない。それに、奴隷は山ほど世界にいる。

 一月の終わりに見知らぬ女の子が家の周りをうろちょろしていた。中学生ぐらいだろうか、似合わない白いワンピースを着ており、よく太っていて、顔が黒い。ビデオカメラのようなものを持っている。歳からすると泥棒ではないし、しかし、道に迷ったものが何かを探すようにカメラをもっているだろうか?
「わあ、いたいた。やったー!」
無邪気な声が聞こえた。中学生の女の子はビデオカメラで撮影を始めた。ファインダーの先には昼寝をするワールド郎がいた。池上は何が起こっているのか、理解はできたが、その事実は歓迎できないものであった。ワールド郎チャンネルの視聴者が、家を突き止めたのだ。こっちが全く知らない人が、こっちのことをかなり知っている。なにか、自分の領域に侵入されたような、腹ただしい気持ちと、日常を土足で踏み込まれるような屈辱感を感じた。
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