文字数 1,132文字

 池上は世間を全く信用していない。
 池上の経済観は「経済というのは一部のずる賢い連中が勝手に作ったルールで、価値がないものに価値を約束事のようにくっつけ、そのでっちあげの規約に沿って貨幣社会が動いている。それに対して違和感と嫌悪感を感じながら、そのルールのおかげで暴力による支配から解放されたのは間違い無いのだから、従う。」池上は経済というのはデタラメだが、その仕組みを研究したいと思っている。
 だが、池上は働いたことがない。貨幣社会なのに、働いて価値を生み出そうと思っていない。身長は百八十センチを超え、体重も三桁の大台に乗る巨漢だが、その漲る力を社会のため、いや、金のために、労働力として世界に提供することは一度も無かった。人と会うこともないので、身だしなみは置いてけぼり。髪はだらしなく伸ばして洗うことも稀なので、油でしっとりしている。年中黒いTシャツに黒いズボン。足元は真っ赤なナイキのエアフォースワンのハイカット仕様なのに、かかとを踏み潰して履いている。スニーカーファンから見れば金をドブに捨てるような行為だが、彼にとっては、その無駄が生活を設計する上で必要な消費となっている。池上は働いてないが、自ら経済の勉強を、どこかに通学することもなく、どこかを卒業することになった年齢からここ数年続けている。
 そんな池上にも、少し前まで、その勉強の成果を発表する場があった。学校ではなく「消費者団」というサークルのような無職の人間の集まりの場。貨幣経済の限界と、虚となる今後の貨幣経済について団員に説明していた。この消費者団には、貨幣経済の行き詰まりは生産過剰による恐慌状態であるという共通の認識があった。「生産に加担することは、さらなる経済の疲弊を招くだけで、消費に専念することが世間に寄与することになる。」という自分らに都合の良い言い訳を掲げ、生産せずに消費するために、いかに生活保護をたくさんもらい、いかに働かずに生活するかが団員のテーマだった。ただし、彼らにはせめてもの良心があり、決して生産物に文句を言わない優良な消費者でいようというスローガンがあった。
 池上は優良な消費者として、消費者団に所属し、働きもせず経済の勉強をして、わずか4名の団員の前で発表していた。池上の勉強の質は高く、4名に問いかけるだけだと、もったいない程の濃い内容だったが、池上は体は大きいが気は小さく、4人の前で話すもの大変なことだった。
 そんな消費者団は、少し前、内部分裂を起こし消滅した。団員同士の衝突により、団員はいなくなり、団長も事件を起こし逮捕されたのだ。それは池上にとって辛い出来事だった。せっかく出来た仲間だったが、みんないなくなってしまい、一人きりになったのだ。
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