3-3コンタクト

文字数 1,633文字

 「私の前では丁重さと、思いやりと趣味の良さを示しなさい。しっかり身につけた礼儀正しさの全てを発揮しなさい。さもなくば、私はおまえの魂を滅ぼしてしまうことになる。」
奥の部屋、黒いツイードの仕立ての良いスーツを着た小さな老人が座っている。マネーマンは、まず目を見て、二度と目を合わすことができないと思った。眉尻を下げ、形は穏やかだが、突き刺すような眼力を感じる。恐ろしいのだ。白髪でハゲてはいない。オールバックで耳が大きい。顔は高齢者そのものだが、存在感が違う。すごいパワーを持つ人間、パワーマンだ。何者だろうと考えたが、
 「要らぬ詮索はしないように猿に言われたはずだ。私が誰だか考えるな。」
 マネーマンは考えが見透されたようで、ギクリとした。ここまでくると、マネーマンは腹を決める。パワーマンに対して丁重さと礼儀正しさの全てを発揮することに集中する。静かな佇まいを手に入れる。
 「それで良い。おまえはやはり見込んだ通りだ。おまえが街角でお金を配り評価を得ようとしていたのを知っている。その行動が出来るということは、おまえは魂を欲に売り払うことができる稀有な存在ということです。安心しなさい。悪いようにはしません。それどころか、私はおまえの望みを叶えることになるだろう。」
 マネーマンはパワーマンに「おまえ」と言われることに抵抗を感じなかった。関係がはっきりしている場合、名前というのは記号になり、本筋を話すのに記号は無用になるということをしっかりと理解した。ひどく単純な関係である。私は、パワーマンに対するシモベだ。
 「来年は2019年だ。大事な年になる。私のことを理解してもらうために、私が何をしてきたか話そう。100年ほど前、私は二十四歳だった。1918年、私は新潟で子供を作った。次の100年、1919年に起こす行動が重要なので、その前に引き継ぐものを用意した。私は全て理解して行動をしている。1919年は忙しかった。年明け前に新潟からロシアに入り、ソビエトの設立に関与した。モスクワにもどったスターリンに「決して許してはならない」とアドバイスした。負けたドイツを追い詰めるのにあちこちに入れ知恵をした。朝鮮には誤情報の電報を打った。その後、国際的な指導組織、第三インターナショナルの開始に関与した。ついでに、ムッソリーニに送金、ガンジーには手紙をしたためた。その後すぐにシベリア平原を渡り、満州国に行き、東條の使いと偽り、関東軍の設立に関与した。石原は思慮深いが、周りに馬鹿が多くて、ついてない男だった。私は春が来るまでに世界中にタネを蒔いた。夏も私は秋の収穫に向けて世界中を回った。アメリカから酒を取り上げ、ワイマール憲法に手を加え、アドルフへドイツ労働党を紹介したのも私だ。ギリシャにトルコを取ることを勧めたのも私だ。秋になって私は中国に向かった。孫文の中華革命党の改組に関わり、中国国民党の結成を手伝った。これでのちの100年の混乱の原因をしっかりと準備ができた。言っておくが、私は戦争の開始と終了には直接関与はしていない。そこは間違えないように。」
 マネーマンは歴史の勉強をほとんどしていなかったので、パワーマンの話すことの内容を理解できなかったが、100年前に二十四歳ということは、現在、百二十四歳ということになる。世界の大きな出来事に関わったと自慢したいのだろうが、少し無理がある。と思っていたが、それをマネーマンは心の奥に隠そうとした。見抜かれたら殺される可能性もあるし、パワーマンのことは嫌いではない。パワーマンは、自分がしたことを本当か嘘かは別として誇示している。マネーマンから評価を得ようとしている。半年遊んでいて、気が付いた点の一つで、評価を得ようとする行動をよくないとする常識があるが、それは間違いだ。評価を人にせがむのは、人として正直だ。正直な人間をさらけ出すことに抵抗がないということは、それだけ成功に近い。これは間違いない。
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