2-16 マネーマン4

文字数 2,124文字

 ただ、こちらからお願いすると旭川は調子に乗るのは目に見えている。トレードでは常に上からが大事である。今の世では下手に出ていい結果など生まれない。ここで結果を言い渡すのではなく、一旦帰ってもらうのも手ではある。どちらが主導権を持っているかはっきりさせておく必要がある。今日のところは帰ってもらおう。
 「社長、面談中ですが、少しお時間いいですか?」
 秘書がノックして社長室に入ってきた。面談中の入室は不躾だが、まあ、相手が相手なので丁度いい。待たせた後に、今日のところは帰ってもらうことを秘書に言わせよう。
 「旭川さん、ちょっと、部屋から出てもらっていいですか?廊下で待っていてください。」
 面談中の退室指示に旭川は屈辱を感じたが、ここはグッと我慢する。旭川が出て行くと秘書がタブレットをマネーマンに見せる。始まったのはドロー嬢の新しい動画だった。
 マネーマンが神輿に乗っている。お金をばらまくと人が寄ってきて「いいね!いいね!」と祭りのように神輿を担ぐ。その間はマネーマンはご機嫌だが、そのうち人が離れていき、一人ぼっちで神輿に乗っているマネーマン。そこに16tと書かれた重りが落ちてきてマネーマンを潰す。潰れたまま、誰もこない。ドロー嬢の動画では初のメッセージ「金しか持ってないマネーマン、評価を金で買うマネーマン、金が切れたら誰もよってこない可哀想なマネーマン。そんな間抜けに私が負けるはずがない。」はっきりとした挑戦状だった。マネーマンは心底腹が立った。真っ赤な顔をして秘書を睨みつける。
 「こんなの、早く消せ!もしくは訴える!許せんぞ!」
 マネーマンの取り乱しように秘書は竦んだが、意を決して口火を切る。
 「落ち着いてください。相手は未成年です。それに発端は社長にあります。勝負を挑んだのはこちらです。ネットでは動画は拡散され、消すのはもう無理です。それに、訴訟を起こせば大人気ないと批判が高まります。お金で押さえつけるのにも限界があります。もう、引き時です。半年もおとなしくしていれば、世間は忘れます。沈静化するために、ちょうどドロー嬢の親御さんが来ております。ドロー嬢さんにこれ以上の諍いを止めるように説得してもらいましょう。」
 「なんで、俺が負けなきゃならない!俺は自分が儲けたお金を使っていただけだぞ!それにケチつけるなんて、どうかしている。人権侵害もいいところだ!あいつは俺より金持ちなのか?そんなはずはない。俺ほど稼いでないはずだ!なのに、なんで、あいつの方に味方が、いいね!が多いんだ!」
 なんで俺を世の中は評価しないんだ!と最後にマネーマンは言いたかったが、それを口にするのは屈辱にしか思えなかったので、口には出さなかった。秘書は黙って聞いて、自分が提案したことを全く無視されたのにムカついたが、再度口に出す。「旭川さんに頼みましょう。もう潮時です。」
 マネーマンと秘書は一緒に社長室に入り、待ちぼうけ食らわした旭川に詫びもせず
 「dadaに入社して、マネージメントをしたいのなら、おたくのお嬢さんの暴走を止めてください。それが条件になります。私に関わる動画の削除とサイト上での謝罪が確認できたら入社を認めます。」
 旭川は口元を緩ませた。交渉は有利になりそうである。
 「それ、順番が違いませんか?出血しているのに、血が止まってから手術したのでは、死んでしまいますよ。一刻を争う状況で、なに、呑気なこと言っているんですか?それにその条件なら、娘の暴走が止まった時点で、契約しないという選択技も出てくる。よくよく考えてみれば分かることだが、娘と争っている会社に父親が来ているのに、謝れ、止めろの一点張りで、条件を出して、それが出来たらって、どの立場で交渉しているんですか?」
 旭川は落ち着き払って正論のようなものを吐く。マネーマンは口をつぐむ。まだ金銭のやりとりが発生してない相手は手綱が付いていない。手付け報酬も考えたが、ドロー嬢は今回の動画騒動でかなりの収入を得ている。旭川の目的は金ではない。dadaで部長として仕事がしたいのだ。ポジションが欲しいのだ。こういった金で方がつかない交渉はタフである。
 「わかりました。失礼があったことをお詫びします。すみません。では、明日から我が社に来てください。ポジションはセールスではなく、動画騒動を治める特命部の部長です。こちらの秘書の田代さん。彼女がリーダーをしているから、その上に立ってもらう。報酬は前職と同等は保証する。ただし、期限を設ける。1ヶ月です。明日から1ヶ月で沈静化できれば、あなたの手腕を国内小売のマネージメントに生かしてもらいます。もし、ダメなら懲戒解雇します。これは弊社に著しく損害を与えたという報道も入れます。会社員としては立ち直れなくなります。損害賠償請求までははしません。それで良いなら明日からお願いします。」
 感情が全くこもってないマネーマンから平たく言われ、旭川は余裕の笑みで手を差し出す。マネーマンは外資系の握手という習慣を好ましく思わなかったが、仕方ないように手を出し、力なく握手する。交渉は成立した。その様子に秘書は壁が一枚できたことに安堵した。
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