3-14投票日

文字数 1,776文字

投票日

 七月の日差しは容赦なかった。焦げ付くぐらいに暑い中、ナイスマンは真摯に内容が無い演説を行い、聴衆は、見て、触れて、声を交わして、ナイスマンの存在を評価していった。神奈川県では「ナイスマン」のフレーズが定着し、当選確実と言われ出した。すると、苦戦している他県からも、議員でもない「ナイスマン」を応援によこしてくれと要望があった。エイプマンとナイスマンは組みになって全国を動き回った。現地では注目を浴び、気持ち良い演説、激しい性交、うまい酒、高価な名物をいただくとストレスフリーで楽しく、ナイスマンは疲労を超えて、生き生きと輝きを増していた。
 話題がある、評価がある人間が地方に行くと、盛り上がるのは当然。アンチさえも真摯な態度のナイスマンの味方になっていった。また、ナイスマンには応援があった。ドロー嬢がナイスマンの活躍をほのめかすアニメをアップしたのだ。加えて、池上も高齢ロッカーを動員してナイスマンを称える様な曲を動画でアップした。彼らに政治的な思想は無い。ただ、一昨年の年末の登録者競争で得た評価に対する儀礼的なお返しでもあり、ナイスマンの評価への便乗でもあった。評価が有る者に絡めば評価が増えるという打算的な考えでしか無い。池上の発想であり、実験でもあった。
 いよいよ迎えた投票日、選挙速報のテレビ番組が番組欄を埋める。すっかり日焼けしたナイスマンは記者の前に座り、インタビューを受けることになる。座って、ライトを浴びて、暑い7月のことを思い返す。注目を浴び、声援を浴び、気持ちが高まったら処理をする。本当に充実した、生きる喜びに満ちた体験だった。それが今日、終わるのである。もう、当分、あんなに注目を浴びる演説をすることがないのである。非常に、寂しく、悲しくなった。祭りが終わってしまったのだ。
 「それでは、ナイスマン旋風を起こした、柄澤さんに初めての選挙についてお伺いします。柄澤さん、お疲れ様でした。投票結果がもうすぐ出ますが、今の思いを教えてください。」
 アナウンサーにマイクを向けられて、ナイスマンは、あんなに楽しかった選挙戦が終わるのが辛くて、寂しくて、悲しくて、こらえきれず泣き出してしまった。何か言おうと言葉を探る。本音をここでは言ってはならない。楽しかったなんて言うべきでは無い。
 「・・ありがとうございました。一昨年、私は自分が作った会社から追い出されました。それは、自分の為にしか物事を考えられなかったからです。今回の選挙を通じて、いろいろな人とふれあいを通じて、私は、人の為に生きようと思いました。皆様の暖かい声援を浴びて、これこそ、自分がしなくてはならないことだと決心しました。選んでいただけるか分かりませんが、当選した暁には、ご声援に対する恩返しができたらと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。」
 ナイスマンは政治家の心得にそってコメントする。中身がなくても、知名度、それまでの評価、謙虚さが有れば、感じ良ければ、有権者は投票する。
 本音なんてどこにもなくて、自分の気持ち良さ、人気、良い評価だけが大事な政治家は、世界に評価を乞うて、もっと注目浴びようと、なりふり構わない。とにかく人から良く評価されることが人生の喜びである存在なのである。
 彼らは、有名になって、影響力を持ち、仕事はせず、丁寧に大事に扱われ、何もかも与えてもらって当然。羨望の視線を浴び、加えてチヤホヤされたい。「いいね!」評価こそ全て。まさしく最大級の「いいね!ベガーズ」である。
 八時の開票と同時にナイスマン当選確実の速報が出る。評価を得るためならと全力で頭を下げ、気を使い、日本中を動き回った結果が出た。エイプマンが満面の笑みで会場に呼びかける
 「ナイスマンの前途を祝して、万歳三唱!ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!」
 カメラのフラッシュが激しく光り、大勢がナイスマンを取り囲み、注目している。勝ったのである。ナイスマンはこれからどうするべきかは全く考えてなかったが、議員になれたことは、本当に嬉しかった。自分は評価の塊である。その影響力は国さえも動かすのである。自分の存在が巨大に膨らむ心地よさが胸のうちから広がっていく。ムズムズしてきた。じっとしていたら体が焼き付いてしまう。はやく女を抱きたい。入れて出してしまいたい。
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