2-2 ドロー嬢1

文字数 1,307文字

 評価がないと誰も相手にしてくれない。いいものを作ったとしても、いいアイデアがあったとしても、評価がないと始まらない。娘のドロー嬢はそれを深く理解していた。父親の旭川は外資系の特殊な機械で世界一の企業に勤めていて、その狭い範囲では絶大なる評価を持っていたが、それは会社の評価であって、自分が一から作ったものではなかった。だが、それでずっとやってきたから、今更一からの評価を得る方法が思いつかなかったし、理解していても、行動に移せなかった。娘が簡単に評価者を集めたもんだと思って、娘に出来て自分に出来ないはずはないと考えていたが、失敗が続き、人が離れていって、その考えすら、思い浮かばないようになっていた。ただ、自分は運が悪いのだ。そう開き直りつつある。完全に路頭に迷っていた。幸いなことに娘の収入が家を支えていたが、ドロー嬢は、半年先の高校卒業とともに、家から出ようと考えていた。神奈川に住んでいるから、もっと都心に住もうと考えたりしたが、動物の絵を描くのに今住んでいる場所は、いろいろと便利なところがあり、どこにしようかと思案していた。どちらにしろ、失敗したしょぼくれた父親や、それについていくしかない専業主婦の母親から卒業したかった。家に何か悲壮感のようなものがあって、絵を描くときにそういったものが出ると嫌だと本気で思っていた。
 「マナちゃん、ちょっといい?」
 「なあに母さん?」
 「お父さんがね、また、やる気になっているの。でもね、それをするためにはお金がいるの。お父さんがいうべきことだけど、お金を貸してくれないかしら?来年には返すってお父さん言っているのよ。家のローンとか払ってもらっていて、その上、貸してっていうのもアレだけど、家族だから協力して欲しいの。私はね、勝手にあなたからお金を取ることもできるけど、私はね、あなたの足を引っ張るようなことをしたくないから、断りを入れてるの。」
 ドロー嬢は背中越しにボソボソと話しかける母親に振り向こうとしなかった。もう、うんざりだ。大人の親を学生の子供が養う必要ってあるんだろうか?お父さんは身内でも金の貸し借りはするなと小さな頃から私に言っていたけど、それは置いとくつもりだろうか?
 「・・・なんか、親子でお金の貸し借りって私、嫌だから。いくらいるの?」
 「お父さんがね、五百万円ほどあればどうにかできるって言っているの。」
 「何につかうの?」
 「私はね、難しいことわからないけど、事業を始めるんだと思うの。」
 「なんの事業?」
 「・・マナちゃんまで、私に意地悪するのね・・」
 言葉に詰まったドロー嬢の母、慶子はそのまま部屋から出ていった。お金が手に入るということは幸せに繋がると思っていたが、結果はこれである。旭川も外資系企業なので、本国基準の給与をもらっていた。日本では富裕層になれる金額だった。しかし、仕事は忙しく、家庭を顧みることなく、何かトラブルがあっても、周りが貧乏人で頭が悪いからと、批判じみた言動を取ることが多かった。だから近所づきあいはあまりなく、ドロー嬢も影響を受けて、周りと同調することをせず、学校などのコミュニティで孤立していった。
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