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文字数 1,359文字

 季節は秋も深まり、枯葉が絨毯のように敷かれ、空はすみれ色がかった深い色になっていた。日中、ワールド郎は池上家の庭先で日向ぼっこをしている。夜になると軒下の池上が作った段ボールに毛布を突っ込んだ寝床に入るところまで距離を縮めていた。池上もワールド郎が家に出入りするようになって、ワールド郎を家に入れるために、家族と交渉した。父の康弘は動物好きなので、ワールド郎が出入りすることを歓迎した。祖父の浩も孫が閉じこもってばかりでなく、多少外に関心を持ち出したことに気が和らぎ、邪魔にならないように行動した。池上は祖父にも父にも反対されるものだと思っていたので、意外だったし、自分が思うことは言うべきだと、また、言うことによって現状が変わるものだと自信をつけた。ただ、問題があって、母は動物がダメだった。バイ菌があるとか汚いとかイメージで判断し、排除する傾向があった。ある日、ワールド郎の「わぎゃ」と変な声が聞こえた。急いで外に出ると箒をもった母が髪を振り乱していた。池上は生まれて初めて母親に対して殺意を感じた。声が出る前に走り出し、後ろから思い切り母親の首にラリアットをくらわそうとした。首をへし折る覚悟を持っていた。風を切って殺意を持って猛スピードで接近したが、すんでのところで、 
 「おい、猫にひどいことしよったら、ぶち殺すぞ!」の怒号が響いた。康弘が真っ赤な顔して母親に詰め寄っていた。池上はそのまま足を止めた。
 「アキラ、こいつにいらんことはさせんけえ、許してやれや。」
 康弘は三人の中で一番冷静だった。池上がどれほどワールド郎に入れ込んでいるか理解していたし、妻が愚かで浅はかなことも理解していた。池上の母は何も言わずに何処も見ずに部屋に入っていった。池上はこの日から、日中も閉じこもることがなくなった。これまで自分が始める前からずっと諦めていたことが、急に見えてきたのだ。あと、自分が思っている世界のイメージと現実が違うことにも気がついてきた。父親は理解がない百姓だと思っていたが、面倒くさがりなだけで、視界は広く、観察も深かった。母親は自分の味方でいると思っていたが、母親は自分自身の味方で、自分に引きこもっていることが分かった。動物一匹許せない心の狭さを持ち合わせていた。ただ、そこまで捻れてしまったはの、自分の責任でもある。勝手に世界に対して壁を築き、声を出さなかった自分を見て、何か、負い目を感じてしまったのかもしれない。そう思うと、受け入れることができたし、多少優しく接しようとも思った。
 ワールド郎は、その後二日ほど姿を見せなかったが、三日目の昼には池上家の庭で日を浴びて気持ちよささそうに寝そべっていた。その姿を見て池上は安心した。浩は何を言うこともなくジーッと見ていたし、康弘は機嫌よかった。
 稲刈りもすみ、米は農協に買い取られ、コンバインの整備も済んだ。米農家は春先まで少し落ち着く。浩は所有する山の整備にチェンソー持って出かけ、康弘はそれについていったり、農協や役所にいったりと落ち着いた日々を過ごしていた。池上は、ワールド郎チャンネルの編集と評価に対する返信を書いたりしていた。このころにはチャンネル登録者数は五千人を超えていた。広告料もついて、月に五万程度振り込まれるようになっていた。
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