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文字数 1,093文字

 池上は急いで納屋に戻り釜を探した。動悸が激しく、歯の奥がくすぐったく感じる。何か押さえつけられないものが体の中で暴れている。「あのくそ女を殺してやる。」胸中のつぶやき。
 「おい、待て。ありゃあ、ワールド郎のファンじゃ。」
  池上の肩を掴んだ康弘は冷静だった。池上は強く目をつむる。まぶたの血管が光を通して真っ赤に感じる。惨劇起こしたいが、見つかったのなら諦めるしかない。
 「父さん、でも、あの子、勝手に敷地に入ってるよ。追い出さんと。」
 「別に何かを盗むわけじゃないし、ワールド郎を連れて行こうともしてない。まあ、放っておけばいい。」
 ワールド郎は日向で白い毛を輝かしながら、腹を出して眠ってしまった。中学生の女の子はビデオカメラを止めてじっとワールド郎を眺めている。池上はワールド郎を見てもらうのは嫌ではなかったが、知らない中学生が庭先にいるのが気に入らなかった。
 「おい、なんの用だ?勝手に人の家で何してる。」
 池上は以前のような小心者ではなくなっていた。気に入らないことがあれば声を上げるようになっていた。康弘は止めようとしたが、他人に意見できるようになった息子の姿に感心して、少し放っておこうと思った。無茶なことはしないだろう。
 「あっ、あんたワールド郎の飼い主?わたし、チャンネル登録者のドロー嬢、結構早くからチャンネル登録してるんだけど、知ってるでしょ?」
 生意気な口の利き方をする太った女子中学生だった。ジャイ子とでも名前を変えたほうがいいと池上は思った。こいつ、気に入らない。
 「出てけよ。勝手にうちの猫撮影すんなよ。警察呼ぶぞ!」
 「はっ?態度悪っ、こっちは見てやってんだろうが、ここまで来るのにいくらかかった知らないくせに。どれだけグーグルマップで探したことか、広島なら広島って書いておけよ。神奈川からここまでってどんだけ遠いか知ってる?」
 「なんの話だ?」
 「しらばっくれても無駄よ。ワールド郎、ここにいんじゃん。私は、ワールド郎の動画が要るの。だから撮りに来たの。あんたがチャンネル主でしょ?いっつも同じような動画ばっかりで、動きがないのよ。だからわざわざこんな田舎まで撮影に来なきゃならなくなった。どうしてくれんのよ?」
 声と態度のデカいこと。こいつはジャイアンの妹だ。池上は腹が立った。こんな自分勝手な奴に好き勝手させたくない。声を大にして追い返す必要がある。
 「とにかく出てけよ!くそジャイ子!」
 「あー、おまえ、それ言ったな、私が一番嫌いな奴、許さんからな!ネットでこの場所バラしてやる。私だけですんだ話を、馬鹿でかくしてやる。ぜってー許さんからな!」
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