3-2 コンタクト

文字数 1,685文字

 人から注目されるということは、そういった評価があるということだろう。とはいえ、ドロー嬢のような特別な能力を今から身につけることは出来ないし、経営の能力はあるが、それは会社、取引の中にいる人間にしか評価されない。そういった枠ではなく、幅広くキャーキャー言われたい。その方法を考えているが、なかなかいいプランが浮かばない。慈善事業も考えてみたが、地味だから嫌だ。
 長い移動中、そんなことを考えていたら、気がついたら待ち合わせのホテルに着いた。久々のスーツ姿に喉元が苦しいが、政治家と会うのなら仕方がない。部屋は最上階のスイートがとってあった。不在中の日本での代理人をしている友人の蒲郡は中には入らないことになっていた。一人で入るとソファーに座る小柄な年老いた猿のような男が立ち上がった。テレビで見た顔だ。
 「はじめまして、自由国民党幹事長の地下階だ。よろしく。」
 「柄澤です。今日はどういったご用件で私は呼び出されたのでしょう?」
 呼び出した割に幹事長が横柄な態度に見えたので、猿ごときに馬鹿にされたような気がして、今後は地下階のことは、エイプマンと呼ぶことにし、マネーマンはとっとと用事を済ませて帰ろうと思った。企業を離れた大金持ちは政治にあまり関心がない。
 「・・なら、単刀直入にいうが、私は、あまり気が進まないのだが、断ってもらっても構わないのだが、来年の参議院選挙に自国党から出馬しないか?という話だ。嫌なら断ってもらっても構わない。」
 幹事長、エイプマンの乗り気でないのに提案してくる態度に腹が立ったが、マネーマンにとっては思ってもない展開だった。俺が政治家?政治家といえば何をする?
 「地下階さん、私が政治家ですか?・・正直、私はてっきり政治献金とかの話だと思ったのですが、自国党公認で出馬要請ってことですか?私が街頭演説ですか?」
 「そうだよ、街頭演説って、知らぬ人、聞く気がない、聞く知性もない聴衆に向かって、党の方針、自分のやる気、そしてなにより票を入れてくださいと全てをかなぐり捨てて、全身全霊で全ての人に頭を下げるんだ。しかし、ほとんど無視されて、野次飛ばされるんだ。あなたは大きな会社の社長だから、そういったことはお嫌いでしょう?」
 まるでやって欲しくないようなエイプマンの提案。どうしたものかと考えたが、マネーマンは自分が新宿駅前の街頭に立って、集まる群衆、期待の視線を集めて、マイクを持ち、世界に声を発する瞬間を想像してみた。自分の存在がそこから世界に開いていく瞬間!体がぼうっと熱くなり、足元が覚束ないような快楽が脊髄を走り抜ける。ぞくっとした。思わずつぐんだ口が開き、熱くなった体温を外に逃してやらなければならなかった。
 「私が、立候補ですか、それは、是非してみたい。よろしくお願いいたします。」
 むずがる背中を曲げてマネーマンはエイプマンに深々とお辞儀する。エイプマンは思わぬ展開に顔を歪める。こんな成金に頼らんと票が集まらない党の人気下落が情けない。まあ、取り次いだからには仕方ない。奥に待っていらっしゃる、あの方に繋げなくてはならなくなった。しかし、あの方は、なぜ、この成金を立てろと言われたんだろう?必ず首を縦にふるからとまでおっしゃっていた。やはり、あの方は特別なのだろう。どちらにしろ、成金をサポートすることになるのは、歴史として決まっていたと諦めるしかない。
 「分かりました。ありがとうございます。でしたら、これからある方とお会いしていただきます。その方は日本だけでなく、この世界にとって大きな存在です。あの方と面談できるのは限られています。何も質問しないでください。そして、必ず正直に答えてください。あの方に嘘は通用しません。粗相があれば、あなたの存在がなくなる覚悟で臨んでください。また、あの方のことを誰にも話してはいけません。誰かに話したら、あなたは消えます。その覚悟でお願いします。」
 エイプマンがかしこまり、口調を変えた。マネーマンは、これはただ事ではないと思ったが、もう後戻りすらできないようなので、覚悟を決めた。
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