2-14 ドロー嬢4

文字数 1,166文字

 ドロー嬢は池上の言葉に決心した。見ている連中の方が偉いなんて、気に入らないが、確かに事実だ。それに、絵を描くのは独りだから、問題を自分で解決するしかない。その解決も、絵を描くだけしか才能がないのだから、絵で決着をつけるしかない。
 ドロー嬢は線を引く。まっすぐ伸ばし、溜めて、曲げる、しなやかに線を終わらせる。強く線を終わらせる。その線が形になり、表情を付け、鮮やかに動き出す。線を描いている時は嫌なことも嬉しいことも、何もない。ただ、自分と、手と、線だけがある。それが形になっていく。とても不思議だが、面白くて仕方がない。そうしている間は孤独だが、それは決して嫌ではない。むしろ幸せを感じる。
 絵を書いて動かそうとしている間も、世界は動いている。評価が増えたり、視聴者が増えたり、報酬が入ってきたり、親が部屋に入ってきたりする。気になるといえば気になるが、描いていれば、生活の煩わしい部分が消えて無くなる。画面と手と目と、頭の中が一緒になって動くと、動く絵の情報が溜まっていく。日も当たらなければ、風も吹かない。ただ、線が、絵の情報が増えていく。周りから見たら何も動いてないが、ドロー嬢の頭の中は騒がしいことになっている。力が貯められて、それが今にも動こうとしている。飛び出そうとしている。それをペン先でじっと押さえつける。サナギを途中で触ると腐って死ぬ。だからそっとしておかなければならない。それと同じように、描かれていく絵を触ってはダメだ。思ったように動かなくなってしまう。
 連続する創作作業は息苦しく、ただ、手を動かし、頭の中と連動させる。何もないところに手を伸ばし、掴むように、虹を描く。データの中から呻き声さえ聞こえる。もうすぐ思いの塊である魂が吹き込まれる。吹いてなかった風がビュービューと吹き荒び、太陽が燦々と照り始める。
 作品の全体が見えてくると、ほんの一瞬だけ、自分が大きな力を帯びた巨人になったような気がする。この時のスリリングな気持ちがドロー嬢は大好きだった。この一瞬が過ぎると、あとは完成まで肉体と精神は分離し、肉体は機械のように自分の中の精神、意志に従う。そこは何も面白いことはなく、ただ、流れの良い作業が続く。精神は平穏で肉体は隙間なく稼働することが心地よい。ただ、それだけ。
 作品は出来上がった。予告もなくドロー嬢はアップする。登録者は知らせ共に世界中で新作品を消費し始める。出来た側から食っていく。そこに喜びや悲しみなど感情は伴わない。ただ、出し切った力がどこまで伸びていくかだけが問題だった。マネーマンのおかげで視聴者が増え、世界中に伸びていく。ドロー嬢はマネーマンをはーちゃんのことを抜きにして評価したかった。だが、もうすでに、遅いだろう。この動画は毒だ。マネーマンに対する毒をばらまいたのだ。
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