3-10選挙

文字数 1,852文字

 選挙

 7月の公示前にマネーマンは実家へ帰った。街中の住宅地、リフォームされて小綺麗になった外観の実家。実のところ、五年ぶりぐらいだろうか?お金を送ると言っても、受け取ろうとしない健康な両親。姉も海外に嫁に行き、元気でやっているらしい。手間がかからない家族である。マネーマンの別れた妻の子、つまり両親にとっての孫がいるが、二度しか会わせてない。そのことに関してマネーマンは、何か感傷的になることもないが、だからといって、そのまま離れていこうという気もない。
 「ただいま」
 見慣れた玄関の様子がリフォームですっかり変わっていた。ずいぶん明るくなっていた。
 「おかえり、久しぶりだねえ。ともくん、選挙出るって本気なの?」
 「おお、とも、帰ってきた。大社長の次は、議員先生か、とも、お前は面白い人生を歩んでいるな。いいことだ。まあ、あがれ。」
 マネーマンの両親は教師をしていた。正しいことを言い、まっすぐに子供を育てようとしたが、子供たちは世間の自由を横目に見て密かに反発して、両親の言う常識を破ろうとしていたことは確かだった。ただ、暴力的な反抗とかはなく、黙って思うように行動していた。なんで、そうなったのか?マネーマンは実家に帰ってきたことを後悔した。この、平凡こそが一番、目立たず騒がず、大人しく時間を過ごすことを一番とする両親が嫌いだったのだ。全く面白くない。味のないカレーを朝昼晩食わされているような気分になる。さっさと外に出たい。
 「企業も面白かったけど、政治家になって、世の中を良くしてみようって、思ったんだ。企業人として目立ってたし、知名度があるから、票は集まると思うけど、僕は故郷の人たちから大事な票をもらって、認められて議員になりたいんだ。」
 そう思っているか、思ってないか自分では理解できていないが、とりあえず、問題無さそうな理由を両親に話す。ここで「がんばれ」とか「すごいね」などと言われたら、マネーマンは嬉しいのだが、しかし、柄澤夫婦は
 「そう思うのなら、好きにすれば良いわ。しかし、人に迷惑をかけないようにするんだよ。」
 「人を率いる立場になるんだろうが、人間は平等だと言うことは忘れないようにな。」
 と賞賛することなく、静かに押さえつけようとする。子供の頃からそうだった。大人になって、有名になったところで、同じように、静かに押さえつけようとする。これは一体なんだろう?存在とは開かれていくものだと思っているのだが、両親は存在とは周りに馴染んで消えていき、大きな存在の一部であることを良しとする考えがあるようだ。選挙のスタートは身近な人の親身な応援だが、おそらく、二人は自分に票を入れるだろうけど、しかし、本当に支持はしていない。票とは、支持とは、つまり評価である。生まれてからずっと、両親に評価されてないことに気付かされた。なんで、この二人は、自分の子供を素直に評価しようとしなかったのだろうか?教師という職業柄、子供に対して平等な目を持とうとしたからだろうか?とはいえ、親に評価されない自分が、他人に評価されるのだろうか?封印していた存在の不安感が飛び出そうとしている。自分では決して認めていない存在の不安。
 たのむから、父さん、母さん、俺を評価してくれよ!
心の中で本音の叫びが出たが、声に出すことはできなかった。声に出したら、本当に絶望することになることが判っていたからだ。両親は友蔵のことを試すように観察している。あれは生徒を見る目だ。ここで、初めて気がついた。柄澤友蔵は、両親は自分の子が社長になろうが、議員になろうが、親の立場は子供より上であることは譲れないという意地を張ることによって自分たちの心を守っているのでは?と思いついた。両親の教え子も優秀な子が多かっただろうが、あくまでも教え子たちは先生より立場が下という考えが染み付いていた。だから、教え子が訪ねてくることもない教師の老後を過ごしている。
 どうしても、両親は、俺を評価しない。それが悔しい。マネーマンとなって、両親が評価すると思ったが、それもなかった。となれば、良い評価を纏えば、この地区の代表となれば、両親は仕方なくだが、地元民として評価するしかないだろう。良い評価の同調圧力を使うのだ。マネーマンと呼ばれていたことは知っていた。金しかないみたいで嫌だったが、これからは、良い評価の権化、ナイスマンになろうと決心した。柄澤友蔵はナイスマンとして、票を、評価を集める。そのためなら全身全霊を打ち込もう。
 
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