2-30マネーマン9

文字数 1,136文字

マネーマン9

 「チャンネル登録お願いしまーす!この場で登録してくれたら一万円あげるよ!」
 街角に立つマネーマン、周囲はスマホ片手の人でものすごい人だかり。寒空だがそこだけ温度が暑かった。組織を追い出されたマネーマンは、しかし勝負を諦めてなかった。多少戸惑ったが、しかし、負けるわけにはいかないと現金片手に街角に立った。大勢行き交う中で声を出そうとした。その時、妙にときめきにも似た胸騒ぎがした。第一声を発する。自分の中にある声が、街中に出て行く。不思議な感じがした。浮き足立った。声に反応して視線を集める。視線を向けた人たちは、少し驚き足を止める。その瞬間、自分の存在が沸き立つように大きくなる奇妙な感覚に包まれた。人がどんどんよってくる。この場で一番の注目を集めていたのは自分であることが、まっすぐに自分に入ってくる。なんだか、世界が自分のもののようになった気がした。
 「あの、dadaの柄澤さんですよね?」
 「dadaは辞めました。そうです、柄澤です。」
 握手を求められた。人の体温を感じた。相手が自分に会えたことで喜んでいる。自分は世界から注目を浴びて、歓迎されている。自分の存在がいかに大切で切実なのかと世界が捉えていると勘違いする。まったく見知らぬ人たちが、自分見たさに集まってくる。マネーマンは、途轍もない幸福感を感じる。声を出すたびに身体中に快感が走る。奥歯がくすぐったくてじっとしていられない。人前に立って注目を集めるということは、マネーマンにとってこの瞬間、生きがいとなった。自分は注目を浴びて、大事にされたいということがハッキリわかった。自分の存在自体を世界に知らしめたいのだ。
 「よろしくおねがいしまーす!」
 声を張り上げると、これまでにない爽快感。ロックスターにでもなった気分。神輿に乗って担がれてお祭り騒ぎ。まるでドロー嬢が描いた動画のようだった。
 「支持いただいているみなさんのためにも、私は勝ちたいのです!どうぞ、チャンネル登録お願いいたします。私を男にしてください。」
 クリスマスの街角に一万円をもらい幸せそうな人の列。報道陣も駆けつけて昼のニュースにはなったが、夜のニュースにはならなかった。dadaの新社長が報道規制したのだった。
 夜になって機嫌の良いマネーマンは仲間を集めて自宅でテレビをつけてニュース待ちをしていたが、自分のことが全く放送されなかった。呼ばれた仲間たちもバツが悪い。さらにドロー嬢の百万人達成ニュースを見ることになってしまった。クリスマスは残念会となって、すぐに御開きとなった。昼間の興奮がすっかり冷めてしまったが、一人になって、目を瞑って街角の喧騒、注目を思い出す。マネーマンは幸福感に包まれて、思わず口元が緩む。
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