2-13 ドロー嬢4

文字数 1,872文字

 ドロー嬢4

 勝手に勝負を組まれて、しかし、それが勝ちそうになっていた。あと五万人登録者が増えれば、百万人達成。相手はまだ八十万人と大差をつけて勝つことができる。ドロー嬢はアニメを見てくれる人も増えたし、収入も増えたのは良かったが、視聴者の分母が増えた分だけ、不愉快な視聴者が増えたのも事実だった。自分は画期的なことをして、それを見せびらかす意味合いで動画を作成しているわけではないが「ちょっと変わったことをして、楽して金儲けしやがって!」って悪意を持って妬む人が案外世間には多いことを知る。それは一定の割合だが、視聴者が増えた分だけ、実数は増えるのだ。
 「子供騙し、デッサン狂ってるし」
 「下手くそじゃん」
 「何が面白い?」
 短い言葉だが、見知らぬ人間の心無い批判は、ドロー嬢の心の中に淀みを確実に作る。心臓に松脂がついたような、苦しさを伴うまどろっこしさが日毎に増えていく。他人の悪意に心が蝕まれていくようだった。
 加えて母親は娘のことをATMのように取り扱うようになってきたし、父親も側にいるふりをしているが、「次は何を書くんだ?」「この勝負、結果を気にしているのか?」等、何か情報を探ってくる。お金を貰っているから、関わったことにしたいのかもしれないが、いらぬお世話だ。と煩わしく感じていた。こうなってくると、誰か相談できる人がいればと考えたが、絵ばかり描いていて、人と関わるのを蔑ろにしていたので、特に親しい友達もいない。それなりに仲良かったクラスメートもいたが誰にも自分がドロー嬢とは言ってない。結果、身近な相談相手がいないのだ。動画のコメントに「いいですね。」「ファンです。」「頑張ってください!」と好意的な言葉を残している人たちもいるが、その人たちに相談するとなると、どう近づいていいかわからない。そんな中、相談できそうな人は一人ほどいる。池上だ。旭川がスターアイランドのスタッフから降ろされた時に、池上から久々に電話があり、知りたくない旭川の実情を聞かされた。パワハラがひどくて嫌われた。強引なところがある。そんな聞きたくもないことをさんざん言った挙句、
「ドロー嬢は、父親そっくりだから、孤立しないように気をつけろ。惹きつける絵を描けるのは重要な才能だ。それを大事にしろ。」
 という身も蓋もないアドバイスを受けた。とても嫌な気分になったし、結果、父親嫌いになってしまったが、池上の言ったことは事実だった。今は正義とか導きとかは必要ない。事実を言ってくれる人と話をしたい。どうするかは、結局自分で決める。その前に客観的に状況を判断できる人の意見が聞きたい。
 「池上、ちょっと聞いてくれる?」
 「忙しいが、五分ならいいよ。あれだろ、金持ちとの勝負のことだろ?」
 「そう、それ。自分で始めたわけでもないのに広がって、知らない人が関わって、お金は入ってくるけど、両親がダメになってるの。嫌なこと言ってくる人が増えたから、余計につらい。どう思う?」
 「仕方がないと思う。評価が入って、金が入るってことは、それを持ってない連中に妬まれるんだ。お前は生産者だ。見てる連中は消費者だ。どっちが偉いと思う?」
 「そりゃ、何か作った生産者がえらいにきまってるじゃん。ただ見てる連中が偉いわけがない。」
 「おまえはバカだ。死んだ方がいい。その方が楽だ。」
 ストレートな池上の攻撃に、救いを期待したドロー嬢は、一気に奈落の底に突き落とされた。これまで抑えていたものが、抑えきれなくなった。
 「おい、泣いているのか?だったら、無駄な時間だ。これで電話切ったら、本当に死ぬかもしれないから言っておいてやる。消費者は何もできなくて、ただ、評価してくれるだけの存在だ。あいつらには創り出す能力はないし、その苦労も知らない。だが、生産者はどこに向かって造っている?間違いなく消費者だ。誰も見ない絵を自分のために書くとかいうのは嘘だ。誰かが見るだろうと期待して書くんだ。で、裏切られるんだ。しかし、ちゃんと見てくれる人もいる。そいつらが行儀がいいとは限らない。いい人とも限らない。適当に作って、消費者を無視することもできるが、そんな連中は消える。だからって、消費者に寄り添うことはない。媚びてもいいものはできない。お前みたいな優良生産者は孤独になるんだ。優良生産者の孤独と共に、生きていくしかないんだよ。まあ、どっちにしろ、勝負が終われば、祭りが終わる。そしたら野次馬は減るよ。あれだけ騒がれたワールド郎とか、もう誰も見てないからな。そんなもんだよ。じゃあね。」
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