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文字数 1,185文字

 池上はドロー嬢のことがあって、評価を得るために自分の生活を差し出すのは危険が多いことを身に染みてよく解った。世の中は9割ぐらいが普通なのだが、1割ぐらい厄介なのがいる。それが困った行動を起こしている。動画なんて晒したら、その1割が変わったこと目掛けて、変なこと考えて寄ってくる。これは非常に危険だ。とはいえ、評価はお金に変わる。これは間違いない。しかし、評価を得るためには、多少無理しても、前に出ないとダメだ。
 3月になって、ドロー嬢が突然やってきた。今度は一人じゃなかった。父親と一緒にやってきたのだ。困ったことに康弘は田おこしに出ている。
 「初めまして、旭川といいます。マナの父親です。先日は娘が突然お邪魔して不快な思いをされたということで、大変申し訳ありませんでした。それでわざわざ、遠くから謝りにまいりました。」
 ドロー嬢そっくり、つまりジャイアン似の父親は名刺を差し出した。謝罪に来るのに名刺を出したり、自分で「わざわざ遠くから来た」とか言って、どうかと思ったが、仕方なく相手をする。サクラメント社、セールスオールマネージャーと書かれている。外資系の会社のようだ。池上にとっては知らない会社だった。オールセールスマネージャーとはなんだろうと思ったが、勝手に説明が始まった。サクラメント社とは電子岩石計測機では世界一の企業で、セールスオールマネージャーとは営業部長のことらしい。「ご存知ありませんか?」などとわざと何度も聞き、自分はいかにすごい人間かをアピールしながら説明をしている旭川に対して、狭い範囲で物事を考え、無意識にマウンティングしてくるタチの悪い、低俗な人柄であることが判り、池上は嫌悪感を覚えた。
 「で、その偉い方がなんの用です?」
 「先日、娘が訪問した際に、その姿を映像に残している、それを流すこともできると言われたようですが、まさか、本気じゃありませんよね。」
 「するつもりはありません。ただ、あなたの娘さんが、この住所をネットで公表するとか騒いだから対抗するのに言ったまでです。」
 大事なことは誰も言わない。都合の良い情報だけを流す。旭川は非が自分側にあることを発見し、少し黙ってから、娘の方をジロリと見たが、娘は目を背けるだけだった。
 「この私が、責任持って娘にはそんなことをさせません。これはお約束します。信用なさってください。」
 「いきなり来た、初めて会う人に、いきなり信用してって言われても難しいですが、まあ、危害を加えるつもりは私にはありません。」
 池上は、年上の大人に対しても平然と自分の思うことを言えるようになっていた。池上自身がとても不思議な気がしていた。今まで築いていた自分を取り囲む壁とは一体なんだったんだろうと。旭川はバツの悪い顔をして、ドロー嬢を引っ張り出すように頭を下げて出て行った。親子というものは、似るようだ。
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