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文字数 1,353文字

  酔ったやすひろが絡むように池上に迫る。池上はまごつきながら何か返そうとしたが、
 「知らんなら知らんなりに聞き方があるだろうけど、池上さん、全くそれがないからね。ワールド郎だから連れてきたけど、違ったら、猫ニートなんて絶対に連れて来ねーよ。」
 旭川が調子に乗って池上を攻めてきた。真っ赤な顔して上機嫌だが、やすひろが池上に絡んだことに嫉妬したのだ。自分が一番のダイスファンで、一番金を払っているから、一番大事にされるべきだと舞い上がってしまったようだ。やすひろはそれを見逃さなかったが、これまでの旭川の貢献からすると仕方がない。上得意でもあるし、笑って過ごす。
 「池上さん、ダイスのこと知らないのに来てくれたのはありがたいよ。新しいファンを連れてきてくれた旭川くんにも感謝してるよ。本当、人の世は縁だからね。」
 やすひろは格好は若いが、そこは大人だった。ファンは、評価は多いほど、自分たちの生活が潤うし、評価がないと生きていけないことは身に染みて理解している。もし、若い頃からそれを理解していたら、この歳になってもロードに出る必要はなかっただろう。若い頃は尖っていた。それが原因で有利な契約にたどり着けないことが多かった。自分たちの音楽性を主張したが、それが時代の評価に合わないことが増えて、ついにはメインから外れた。そこで軌道修正していれば、同時期に活躍して、今は大家となった連中のように優雅に生活できていたかもしれない。ダイスメンバーたちは、今だにアパート暮らし、結婚もせず、ライブハウスで生活費を凌いでいる。アルバイトをしなくてもいいのはまだ救いがある。そこは過去の大きな成功のおかげだ。
 「池上さん、動画あげてね。俺たちの音楽を聴くきっかけになるから。ダイスの名前どんどん出して欲しい。まださ、俺たちの音楽、終わってないからさ。」
 ベースのジョーが池上に告げる。池上は還暦過ぎた、祖父の浩とさほど変わらない年齢のロックンローラーからのお願いを断れるわけがなかった。と同時に、グッズ売り場でのもどかしさを思い出した。旭川のように強烈に評価する熱烈なファンが、欲しくもないグッズを買って金銭的な応援をしている。グッズに十万円はらうなら、直接十万円を渡したほうが、無駄がないのではないか?旭川は全国のライブについて回る。そこまでしている人と、自分みたいに初めてきた人間が、同じ質のライブに参加できる。旭川の熱意は無駄に発熱している。それが本人にとってプライドになっている部分もあるが、何か無駄が多いような気もする。穴の開いた小さな小舟を、大勢が必死に支えている。それはロックそのもののような気もするが、それで生活するのは若いうちで十分で、高齢になると厳しい。
 「もちろん応援しますよ。小さい頃に「激しい嵐」を父親に聞かされてましたからね。今日は聞けなかったけど、あれ、聞きたかったなあ。」
 池上のセリフに旭川は一気に酔いが覚めた。それはファンの中ではタブーとされている。ダイスはここ十年、「激しい嵐」を演奏してない。その理由は誰も知らない。だから誰も聞いてない。ジョーとやすひろは静かに笑って、顔を見合わせる。シラフだったら、その場から無言で出て行っただろうが、池上の利用価値を理解して、そこは抑えた。
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