30

文字数 1,142文字

 池上はスターアイランドシステムの運用益で富を得た。もはや消費者だけの存在ではなく、カリスマコンサルタントとなっていた。しかし、今だに黒いTシャツと黒いズボン、それに赤いナイキエアフォースワンの格好である。実家の軒先でパソコンに向かい、膝の上にのってくるワールド郎を撫でながら、スターアイランドシステムを希望する、かつてのスターたちをパソコン越しに相手にする。大きな目は柔和で、太い眉も、眉尻がすこし落ちて、優しい雰囲気がある。儲けたお金は、投資に回した。ようやく自分が思っていたことが出来るようになったのだ。家に帰ってたった三年で、巨額な収入を得て、たくさんの友人も得て、社会的地位も手に入れた。家族からも歓迎される存在となった。あの、誰にも相手にされない、そんな中で集まって、どうにかしようとしていた消費者団の頃はなんだったんだろうと思うことがあった。世界から弾かれて、行き先がなくなって、それでも、何かしているように落ちぶれた人で集まって、コミュニティーを作って、どうしようもない孤独感から逃れようとしていた。あれは本当にドツボだった。しかし、誰でも、きっかけがあれば嵌ってしまう沼でもある。
 膝の上でワールド郎が喉をゴロゴロと鳴らしている。ワーロド郎も三年前は、居場所がなくて逃げまくっていたのだ。その点は自分と同じである。ワールド郎の丸い背中に手を置いた。ワールド郎の暖かさがじんわりと伝わる。ワールド郎は気持ちよさそうに目を瞑っている。池上は理想の世界を手に入れたような気がした。何かを作ったりするのは、供給過多ではいらぬこと。誰かのためになんてものは、人口が増えすぎたこの世ではいらぬこと。優良な消費者として生きていくだけでは、温暖な無期懲役のようで、耐えることができない。作ったり、使ったりではない、誰かのためという生き方ではない、自分がしたいことだけをするという生き方がしたかったし、今はそれができている。勉強して、気になったことを実施して、思い通りの結果に報酬がついてくる。それがしたかったのだ。そのためには、誰かに評価される必要があったし、その評価を池上は運良く手に入れることができた。
 池上は三十歳前にして、自己実現を済ませた。次は何をしようかと考えてみたが、当面はスターアイランドシステムの予約をこなしていかなくてはならない。あと三年はマイペースで働く必要がある。
 「俺、働いているんだ。」
池上は意外なことに気がついて、思わず声を上げてしまった。その声に驚きワールド郎は目を覚まし、池上の膝から降りると、思い切り伸びをして、そそくさと何処かに行ってしまった。もし、そのままワールド郎が帰ってこなくても、池上は寂しくなかった。しかし、帰ってくることを期待した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み