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文字数 1,135文字

 池上はドロー嬢の脅しに怯んでしまった。今の静かな生活が崩れるとなると、こんな訳がわからない知らない人間が覗き見するとなると、何か自分が見世物になったような屈辱感を感じた。よほど強い神経じゃないと、人に見られるのは辛いことになる。見ている人間は善人だけじゃない。悪意の塊のような奴だって山ほどいる。それに、チャンネル登録者数は三十万人もいる。この街の人口の三十倍がワールド郎を見たがっている。そいつらがここを知れば、そのうちの全員とは言わないが、数パーセントが、あんな風にカメラ片手に土足で入り込んで視聴者様だと大威張りするだろう。影響力を持って上から見ていたはずだが、数には負ける。で、もし、視聴者様、チャンネル登録者様を怒らせた日には、何をされるかわかったもんじゃない。あいつらは見世物を見ているという、一段上に立っている気でいるのだ。
 見ると見られるは、見られる側が下なのだ。
 見ている連中は「見てやってる」って思っているのだ。
 本当は見せてもらっているが正解だが、何も持ってない奴らは「見ている」という優位性にしがみつくしかないのだ。
 それに、池上は動画から収入を得たことを思い出した。タダで見ている連中だが、見せたほうが報酬をもらっているのを、タダで見ている連中はそこも注意深く見ているのだ。池上はどうしたものかと途方にくれた。何かを得たのなら、何かを犠牲にするのは当然だ。そういった取引が世界の至る所で行われている。自分だけ無傷って訳にはいかない。ここはドロー嬢のせいで、見世物小屋になる。池上家は「ワールド郎動物園」になってしまうのだ。
 「ドロー嬢さん、今の会話、動画で撮ってあるんだが、そう、ワールド郎用にカメラをあちこちに仕掛けてあるからね。それをアップロードしたら、ドロー嬢さんのほうが困ると思うよ。こっちはいくらでも書けるからね。ワールド郎に悪意のある行為を行おうとする女子中学生現るって、さっきのやりとり世界中に発信したら、こっちの方が影響力あるからね。へんなことをしない方がいいよ。」
 康弘によるクリーンヒット。醜い顔でひきつるドロー嬢。そのうち、どうしていいかわからなくなり、ことの重大さに気がつき、泣き出した。このあたりはまだ中学生たる所以だろう。
 「あんたたち、そのうち殺してやるから!私に恥をかかすなんて許されないことなんだから!絶対殺す絶対殺す絶対殺す。」
 泣きながらドロー嬢が呪術のように繰り返す。
 「それで、ドロー嬢さん、あんた、なにしに来たんだ?ワールド郎の動画撮ってどうするんだ?」
 「・・・手書きのアニメにして、私のチャンネルで流すのよ。それだけよ。ワールド郎が好きなの。だから、私の絵でアニメにして、みんなに見せたいの。」
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