3-1 コンタクト

文字数 1,319文字

コンタクト

 「世間は俺のこと、まだ忘れてなかったんだね。で、自由国民党の幹事長って誰だっけ?」
 シンガポールの見晴らしの良いホテルでゴルフ焼けしたマネーマンが電話片手にベランダから青い海を眺めている。明日は日本に戻ることになっていたが、政治家から声がかかったことに、疑問以上に、期待が沸いていた。会社から追い出されて、勝負に負けて半年。消えてしまいたいと日本から出ていたが、戻るに合わせてお誘いがあった。それも企業ではなく、政治家から。寄付を期待されているんだろうが、個人として期待されているという点が、マネーマンにとって悪くない。会社から離れたら、同時にごっそり人が離れていった。それでも寄ってくるのは、自分を利用しようとする連中が多かったが、寄ってくる案件のスケールがしょぼくなったことがマネーマンを苛立たせていた。企業の大型買収とか、大きな投機の話ではなく、絵を買わないかとか、土地を持たないかとか、車を買わないか等。会社を見てくれないかとか、プロジャクトを任せたいなどは無い。つまり、dadaの看板が無くなり、マネーマンの世間の評価も落ちたということが如実に現れていた。
 これが、マネーマンにとって屈辱だった。
 自分の能力に対する評価が会社の評価であると思っていたが、会社はマネーマンから独立していたのだ。あれから全く連絡のない旭川が、入社の頃、自分の娘の評価に嫉妬した気持ちがよくわかる。自分の生み出したものが、自分を超える。これを祝えるほど、自分は年を取ってない。また何かをしようかと考えてはいるが、dadaは二十数年かけて作った。あれを超えるものを作ろうとすれば、また同じような年月をかけることになる。そうすれば六十歳、初老である。今すぐ、dadaの社長より高い地位、高い評価を得られるもの、注目を得られるものでなくてはならない。それが何かと、ここ半年考えているが、ユーチューバーとして金を使った様子を見せてもいいが、それはあまりにも虚しい。一部の固定ファンに守られた悪趣味な王子様にはなりたくはない。今は旅をして、それをツイッターやユーチューブでアップしているが、前ほどの熱狂はない。こんな報告通信など楽しくはない。しかし、これはしなければならない。じゃないと、消えてしまうことになる。
話題作りに砂漠に行こうか、南極に行こうか、北朝鮮に行こうか、それとも宇宙に飛び出すかと考えても見たが、それをしたところで、何を生み出したこともにもならないし、評価は上がらない。金は使い切れないほどある。欲しいのは評価だけだ。絶対的な、誰しも認める確固たる評価。そのことを考えるたびに、去年の年末を思い出す。あれは一体何だったんだろう?街角に立って、人だかりにを作り、注目を浴び、直接の声、表情を浴びた。ああいった評価のされ方は、今思い出しても、異様な心地よさがある。また、大勢の前で目立ちたい。賞賛を浴びたい。そう思うと、なんで自分はロックスターを目指さなかったんだろうと後悔する。まあ、音楽の才能があったわけではないから、どうしようもないが、タレントとか芸人とか、出てきただけで観衆が集まり声をあげる存在になりたいと正直、思っていた。
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