2-17 ドロー嬢5
文字数 2,012文字
ドロー嬢5
「おい、マナ、ちょっとおいで。」
珍しく父親が上機嫌な様子に気味の悪さを感じたが、あの暗く沈んだ感じよりよっぽどマシだったので部屋から出て久しぶりに家族三人でテーブルに着いた。母親はコーヒーを煎れ、旭川が買って帰ったケーキを皿に取り分けていた。
「マナ、心配かけたな。お父さん、明日から年商七千億のとある企業に特命部長として入ることになったんだ。どうしても力を貸して欲しいと社長からお願いされて、まあ、挑戦することにしたんだ。頑張るからな。」
「そうよ、マナちゃんに頼らなくても、これで我が家は大丈夫。これまで、心配かけてごめんね。」
母親が目に涙を浮かべて謝り、笑顔を作ろうとしていた。旭川も何か照れ臭そうに謝罪して、笑顔を作ろうとしていた。ドロー嬢は、今更なにをと思いながらも、荒れた家庭が再生しようとしている瞬間に立ち会い、どうしても我慢できずに不意に目を潤ませた。煩わしい問題が済んだので、何も聞くことが思い浮かばなかったが、何か言わないと生温い時間がすべてをふやかしてしまいそうだったので、口を開けて気にもならないことをとりあえず聞く。
「で、とある会社って、どんな会社なの?」
この一言に旭川は笑顔を止めたままで、少しだけ体を仰け反らせた。まさかdadaパレスの柄澤社長の元でドロー嬢の攻撃を止めるミッションを受けたとは口が裂けても言えない。それも1ヶ月、今年いっぱいに結果を出さないといけない。つまり、柄澤は勝負が決まる前に、ドロー嬢にリタイアさせる作戦を旭川に命じたのだ。ここは正直に娘に話した方が得策か?と昨日の晩から考えていたが、言えばドロー嬢の性格からして、逆上して、さらなる動画を作成し畳み掛けてくるだろう。ミッションが開始した瞬間から、ドロー嬢に行動させてはダメだ。再就職の道がなくなる。どうしても組織の幹部として働きたいのだ。それは、これまでより大きい組織でなくてはダメだ。それが自分の価値を高めることができる唯一の方法だ。企業内での高い評価が、自分の価値を決めていることを、今回のことで嫌なほど理解した。自分は組織内での評価がないとダメなのだ。金なんぞ、後からついてくる。部下がいて、そいつらから敬意も持って扱われてこそ、自分の喜びであることがわかったのだ。使い切れる大きな権力。それ以外の心地よさはない。早く取り戻さなくてはならない。
「今は、家族でも言えないが、今回は、大きな会社だぞ。部長扱いで招いてもらった。」
「なんで言えないの?」
「それだけ社会的にも影響力がある会社なんだ。ネットでニュースになるだろうな。」
「だったら、逆に、隠せないんじゃないの?」
「入るにあたって、極秘のミッションを請け負ったんだ。これを成功させないと雇用の継続が難しい。」
「政治関係とか?」
「今は言えない。極秘ミッションで、マナにも協力してほしいことが出てくる。動画を描いてほしいんだ。公開は半年後。その動画の価値を上げるために、その半年間は、動画をアップしないでほしい。ドロー嬢の動画には価値があるから、それを利用させてほしい。」
「何を書けばいいの?」
「まだ決まってない。ただ、それを話題の新作にして注目を集めたいから、その動画を公開するまでに、一切の動画公開を止めてほしい。」
母、慶子がケーキを切り分けて配りながら
「マナちゃん、ちょうど休めるわね。今の、なんだっけ、そうそう、dadaの富豪社長との争いも一時お休みね。そうしないと、争いなんか、続けていたって、いいことなんてないからね。」
ドロー嬢は父の再就職と自分の動画が関係することが、何か変な感じがしたが、まあ、あの沈み込んだ嫌な雰囲気が、それで止まるのなら、マネーマンとの勝負を放棄したって構わないと思った。白黒ハッキリしなかったのはスッキリしないが、自分の生活と関係ない憎しみを抱えて生活するのは苦痛だし、この勝負、どちらかと言えば、すでに勝っている。マネーマンが勝手にヒートアップしたおかげで、勝手に視聴者が増えたのだ。そのことによってドロー嬢の知名度は広がり、作品を見てもらう機会は数倍に増えた。結果からした十分だ。
「うん、分かった。お父さんの為だもんね。半年先ぐらいって言うんなら、アニメのテーマ教えてよ。どんなの描くか、準備したいから。」
旭川は心の中で万歳をした。俺はやっぱり、トレードの天才だ。自分を讃えながら、笑いが止まらない心境だが、柔和な表情で
「マナ、ありがとう、協力感謝するよ。動画のテーマは「暮らし」なんだ。持続可能性のある消費を絡めた暮らし。環境とか配慮したものになる。素材は指定するから、SDGsとかの勉強をしていてほしい。頼むよ。」
ドロー嬢は素直に頷いた。その姿に旭川は勝利を確信した。この会話は録音しており、これを聞いてもらえば証拠になる。これで話題の大企業、dadaの部長確定。
「おい、マナ、ちょっとおいで。」
珍しく父親が上機嫌な様子に気味の悪さを感じたが、あの暗く沈んだ感じよりよっぽどマシだったので部屋から出て久しぶりに家族三人でテーブルに着いた。母親はコーヒーを煎れ、旭川が買って帰ったケーキを皿に取り分けていた。
「マナ、心配かけたな。お父さん、明日から年商七千億のとある企業に特命部長として入ることになったんだ。どうしても力を貸して欲しいと社長からお願いされて、まあ、挑戦することにしたんだ。頑張るからな。」
「そうよ、マナちゃんに頼らなくても、これで我が家は大丈夫。これまで、心配かけてごめんね。」
母親が目に涙を浮かべて謝り、笑顔を作ろうとしていた。旭川も何か照れ臭そうに謝罪して、笑顔を作ろうとしていた。ドロー嬢は、今更なにをと思いながらも、荒れた家庭が再生しようとしている瞬間に立ち会い、どうしても我慢できずに不意に目を潤ませた。煩わしい問題が済んだので、何も聞くことが思い浮かばなかったが、何か言わないと生温い時間がすべてをふやかしてしまいそうだったので、口を開けて気にもならないことをとりあえず聞く。
「で、とある会社って、どんな会社なの?」
この一言に旭川は笑顔を止めたままで、少しだけ体を仰け反らせた。まさかdadaパレスの柄澤社長の元でドロー嬢の攻撃を止めるミッションを受けたとは口が裂けても言えない。それも1ヶ月、今年いっぱいに結果を出さないといけない。つまり、柄澤は勝負が決まる前に、ドロー嬢にリタイアさせる作戦を旭川に命じたのだ。ここは正直に娘に話した方が得策か?と昨日の晩から考えていたが、言えばドロー嬢の性格からして、逆上して、さらなる動画を作成し畳み掛けてくるだろう。ミッションが開始した瞬間から、ドロー嬢に行動させてはダメだ。再就職の道がなくなる。どうしても組織の幹部として働きたいのだ。それは、これまでより大きい組織でなくてはダメだ。それが自分の価値を高めることができる唯一の方法だ。企業内での高い評価が、自分の価値を決めていることを、今回のことで嫌なほど理解した。自分は組織内での評価がないとダメなのだ。金なんぞ、後からついてくる。部下がいて、そいつらから敬意も持って扱われてこそ、自分の喜びであることがわかったのだ。使い切れる大きな権力。それ以外の心地よさはない。早く取り戻さなくてはならない。
「今は、家族でも言えないが、今回は、大きな会社だぞ。部長扱いで招いてもらった。」
「なんで言えないの?」
「それだけ社会的にも影響力がある会社なんだ。ネットでニュースになるだろうな。」
「だったら、逆に、隠せないんじゃないの?」
「入るにあたって、極秘のミッションを請け負ったんだ。これを成功させないと雇用の継続が難しい。」
「政治関係とか?」
「今は言えない。極秘ミッションで、マナにも協力してほしいことが出てくる。動画を描いてほしいんだ。公開は半年後。その動画の価値を上げるために、その半年間は、動画をアップしないでほしい。ドロー嬢の動画には価値があるから、それを利用させてほしい。」
「何を書けばいいの?」
「まだ決まってない。ただ、それを話題の新作にして注目を集めたいから、その動画を公開するまでに、一切の動画公開を止めてほしい。」
母、慶子がケーキを切り分けて配りながら
「マナちゃん、ちょうど休めるわね。今の、なんだっけ、そうそう、dadaの富豪社長との争いも一時お休みね。そうしないと、争いなんか、続けていたって、いいことなんてないからね。」
ドロー嬢は父の再就職と自分の動画が関係することが、何か変な感じがしたが、まあ、あの沈み込んだ嫌な雰囲気が、それで止まるのなら、マネーマンとの勝負を放棄したって構わないと思った。白黒ハッキリしなかったのはスッキリしないが、自分の生活と関係ない憎しみを抱えて生活するのは苦痛だし、この勝負、どちらかと言えば、すでに勝っている。マネーマンが勝手にヒートアップしたおかげで、勝手に視聴者が増えたのだ。そのことによってドロー嬢の知名度は広がり、作品を見てもらう機会は数倍に増えた。結果からした十分だ。
「うん、分かった。お父さんの為だもんね。半年先ぐらいって言うんなら、アニメのテーマ教えてよ。どんなの描くか、準備したいから。」
旭川は心の中で万歳をした。俺はやっぱり、トレードの天才だ。自分を讃えながら、笑いが止まらない心境だが、柔和な表情で
「マナ、ありがとう、協力感謝するよ。動画のテーマは「暮らし」なんだ。持続可能性のある消費を絡めた暮らし。環境とか配慮したものになる。素材は指定するから、SDGsとかの勉強をしていてほしい。頼むよ。」
ドロー嬢は素直に頷いた。その姿に旭川は勝利を確信した。この会話は録音しており、これを聞いてもらえば証拠になる。これで話題の大企業、dadaの部長確定。