第76話 結局、じいちゃんとタカちゃんに助けられる

文字数 1,389文字

「ご存じでしたか? 相談役と祖父のこと」
そう聞くと、阿部室長は静かに首をふった。
「昨日までまったく。話を聞いたこともなかったので、兄さんの堂上社長もご存じないと思います。矢代さんは?」
「恐らく祖母の葬儀の時のことを言われたのだと思いますが、まだ三つですから。話を聞かせていただいて、おぼろげに『あの時に肩車してくれた社長さんだったのか、ソフトクリーム買ってくれたのは今の社長さんか…』って感じです。あの世にいる祖父も含め、戦中戦後の混乱をくぐってきたあの世代には、まだまだ敵わないですね」
美穂子と洋さんは、少し離れたところで、山下社長に電話をしている。
「ただ、矢代さん。誤解のないように付け加えさせていただくと、基本的にホテルで示していただいた筋で行こうという話にはなっていたんです。昨日、その最終報告がてら相談役と社長と一緒に食事をしているときに、「この話はどこからきたんや」と言われて、何気なく、『まるよし』さんと矢代さんの話をしたら、急に顔色が変わって『なんで、そない大事なこと、もっと早ようにいわんのじゃぁ』って、二人にえらい剣幕でどやされました。お察しの通り、父と年の離れた腹違いの兄ですが」
「室長には、本当にご迷惑をおかけしました」
「こちらこそ、良い勉強をさせていただきました」
そう言って握手をした。恐らく、彼はすぐに室長ではなくなるのだろう。

会社を出ると、美穂子がハンカチを出してグズグズと鼻を鳴らし始めた。洋さんも下を向いて顔を顰めて鼻をすすっている。いい大人が泣いたままでは喫茶店にも入れないので、自動販売機で温かい缶コーヒーを買って公園のベンチに座る。風がないためか、まだ気分が高揚しているからか寒くはない。
「矢代さんは、先ほどの相談役の話をご存じだったんですか?」
少し落ち着いた洋さんが、赤い目をしながら聞いてくる。
「さっき阿部室長にも聞いたけど、室長も昨日までまったくご存じなかったって。僕も知ってたら、もう少し安全な方法を考えたよ」
そう言って笑ったが、それは少し違う。もしそれを知っていて、甘えたアプローチをしていれば、きっと上手くいかなかっただろう。もしかしたら、違うルートの世界では祖父と相談役は幼馴染ではなかったかもしれない。そんな気さえする。悪路でも自分で運転しないと道は開けないのだ。
「山下社長はなんて?」
「こちらも上手く説明できなくて、よくわかっていないようでしたけど、とりあえず、『とてもうまく行きました』ということだけ伝えました」
東京で心配しながら待ってくれているタケに電話をすると、彼も上手く成り行きを把握できないようだったが、想定以上に上手くいったということだけは理解したらしく、とても興奮していた。
ひと通り電話を代わって、僕に戻ってきたとき、小さな声で「おおきに、チャッピーのおかげでうまいこといった」と言うと、「ハルさんにはバレると思ってました。子供の頃に飼っていた犬の名前です。雑種でしたけど、かわいくて賢い犬だったんですよ」と笑った後に、「ほんと、よかったです」と電話口で声を上げて泣いた。
兄には、「ばあちゃんの葬式で、肩車してくれはったおじさんに会うたで」とだけ言ったが、「へぇ、ほうか。詳しいことは後でゆっくり聞かしてもらうわ」としか応えなかった。
一つ大きく息を吐くと、ビルの隙間から見える晩秋の大夕焼けが少しにじんだ。

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